カモミール・ロマンス


そして夕方4時になり、全ての競技が終了。

閉会式を行っていた。

「あぁ、結構疲れたぁ」

「ユキは本気出しすぎなのよ」

先生の取り留めもない話が続く中、生徒達はひそひそ声で今日の余韻にひたる。

「結局ナオがヤル気出したのはミニサッカーだけだったね」

「だって勝っても何ももらえないのに力なんか出ないよ」

現金と言うか何というか、直也のやる気の一貫した無さも凄いものだ。

「えー、それでは表彰に移りたいと思います。1年B組今野幹久(こんのみきひさ)くんお願いします」

一年生の体育委員が壇上に上り、緊張した面持ちでマイクを握る。

「そ、それではぁ」

声が裏返ってしまった一年生に和やかな笑いが起こる。

「発表します。第五位3年A組野崎良子さん」

「え、うそ。私!?きゃーっ」

仲間から大きな拍手で送られて壇上に上る。

「おめでとうございます。野崎さんにはメクドナルドの500円カードを差し上げます」

パチパチと拍手が起こる。

今野は野崎が自分のクラスへと戻るのを待ってから続ける。

「第四位……第三位……第二位……」

次々と表彰が進んで行き遂に第一位の発表となる。





「それでは第一位の発表です……」

五百人を超す生徒の中の一位になどなるはずがない。頭では分かっているが誰もがもしかしたら、と耳をすましていた。

「2年2組……」

「うぉーー、まさかオレかぁ!?」

クラスが判明して歓喜にわく。

外れたクラスはもう他人事。

「ちょ、元気うるさい」

なんとかテンションの上がりきってしまった元気をなだめる。

「…………」

皆が固唾を飲んでその時を待っていた。

そして今野の口が開かれる。

「第一位は2年B組木村直也くんです」

わぁっと歓声が上がる。

しかし当人が立ち上がる気配がない。

「ちょ、ちょっとナオ。あんた呼ばれてる」

「ナオ一位だってよ。寝てる場合じゃないって」

翔と美咲に揺すられて目を覚ました直也がふらふらと壇上に上る。

「第一位おめでとうございます。商品は鴨川シーワールドのペアチケットです」







夕陽も沈みだした帰り道。

「楽しかったねスポーツデイ。色んな学年の人とも仲良くなれたし」

「でも流石に一日中スポーツは疲れたぁ」

何だかんだ言いながらも楽しんでいた勇気。

翔も今日を目一杯有意義に過ごせた様だった。

「そんなことはどうでもいいのよ。」

そんななか不機嫌な美咲。

きっ、と直也を睨み付ける。

「なんでヤル気の無いナオが優勝?ってかまだそこまでは良いとして、何で優勝商品のペアチケットあげちゃったわけ!?」

なんと直也は優勝商品のペアチケットを先輩にあげてしまっていた。

「だって別に行きたくなかったし」

「はぁ、本当わけわかんない」

「ははは、まぁまぁ良いじゃんナオらしくて」

すると直也がぽんぽんと美咲の肩を叩く。

「なによ?」

そしてポケットから一枚のカードを取り出した。

「げっ、スターべックスのカード」

「さっきの先輩が代わりにってくれた。皆でいこうよ、せっかくだし」



こうして一緒にスターベックスでお茶をして帰った4人。

ペアチケットで誰かを選ぶなんてことにならなくて案外良かったのかもしれない。



「ねぇユキ。ナオって本当に一緒にシーワールド行く人いなかったのかな?」

「んー。どうだろ?」







5月も中頃。

暖かい日々が続いていた。

新緑も蒼く柔らかい日差しが肌を包む。

「じゃあ今日の練習はここまで。各自しっかりと汗を拭いて、来週の大会までに風邪をひかないように」

「「「あっしたーっ!」」」

サッカー部の練習を終えた翔。

「翔、お前来週はスタメンで入れるつもりだからな。頼むぞ」

「は、はい。ありがとうございます!」

コーチが校舎に帰っていくのを、お辞儀をしながら見送った。

頭を上げると少しだけ翔はぼーっとコートを見つめる。

「スタメンか……」

初めてのスタメンに翔は戸惑いを感じていたのだった。





校庭の片隅、トイレの横に各部の部室が設置されている。

サッカー部は左から3番目、扉の窓にロナウジーニョのポスターが貼ってある。

「……疲れたな」

ゆっくりと扉を開く。

「……あっ、笠井先輩」

部室にはたった1人、笠井だけが残っていた。

翔の胸がぎしっと軋んだ。

「…………」

サッカー部は15人。

二年生は翔ただ1人、今年はいってきた3人は未経験者。

スタメンは11人いる3年生が全員で入るはずだった。

「……なぁ翔」

「はい」

翔がスタメン入りをすることでスタメンから外れてしまう1人が出る。

それが笠井だった。

「もうコーチから聞いたか?来週の大会お前がスタメンだってよ」

「はい。さっきコーチに言われました」

汗はもうひいていた。

それでも何かを拭う様に翔はタオルを肌にそわしている。

「……オレ、サッカー辞めるよ」

消えいくように呟いた笠井。

「先輩!?何言ってるんですか!?」

着替える手を止めて笠井に詰め寄る翔。

笠井は力なく笑った。





夕陽がどんどん街並に飲み込まれていって、灯りのない部室が暗くなっていく。

「もうコーチには話をしたから。来週の大会までは残れって言われたけどな……無理だよ」

笠井は目立たないけれど優しく、後輩を思いやる良き先輩であった。

「……そんな。嫌です」

「嫌って……もうさ今に始まったことじゃないんだ。ずっとモヤモヤを抱えたままサッカーしてた」

独り言の様な呟やきがぽろぽろと部室に零れていく。

「あんなに好きだったんだけどな。いつからだったんだろうな……サッカーするのが楽しくなくなったの」

言葉を一つ発する度に笠井を縛っていたものが、ほろほろとほつれていく。

と同時に翔の胸をしめつける。

「コーチも優しい人だからさ、一緒に頑張ろうって言ってくれたけど、もう良いんだ。本当だったらもっと早くからお前が試合に出るべきだったんだよ」

「……先輩」

「お前だけだったなオレを慕ってくれたの。ありがとな翔。頑張れよ」

ぽんと翔の肩を叩いて笠井は部室から出ていった。





暗くなった部屋に一人きりで翔は立ちすくんでいた。

「笠井先輩……何で」

たった1人の新入部員だった翔は先輩達みんなから可愛がられていた。

部活中、学校で、放課後も翔は先輩と過ごすことが多くなっていた。

そんな生活に少しだけ疲れてしまっていた頃。

笠井が気に留めてくれたのだった。

「先輩からの誘いだって断って良いんだぞ?そんな一緒にいたら疲れちゃうだろうに」

何も言えない翔に笠井はこう続けた。

「……ふっ。本当に良いやつだなお前は。分かった、オレから皆にそれとなく言っておくよ」

次の日から先輩達の誘いは柔らかくなっていった。

そんなことをしたら関係を悪くしてしまうと思っていた翔だったが、笠井のおかげで関係を悪くすることもなく済んだのだった。

「…………」

着替えをバッグにしまい、翔は力の入らない足で部室を後にするのだった。




とぼとぼとオレンジ色に染まった校庭を横切っていく。

砂の音が妙に耳をついた。

「あの……」

「え?」

すると校門に1人の女の子が立っていた。

背が小さく、くりっとした大きな目をしている。

「山田先輩、少しだけお話良いですか?」

時折、視線を外す少女。

「……あ、はい。何でしょうか?」

ぐっと目を瞑って、意を決した少女がその口を開いた。






「ずっと山田先輩のことを見ていました。これ、受け取ってください」

カバンから取り出したのは、桃色にひよこのシールが貼られた可愛らしい便箋だった。

少女は震える手で、それを翔に差し出す。

「……あ、ありがとう」

便箋を受け取った翔。

少女は「ありがとうございました」とぺこりとお辞儀をして走っていった。

少女が居なくなってからも、まだ翔は去っていく姿を追っていた。