「じゃあ早速四つ葉を採ってみようよ」
そわそわしながら翔がそう言って、ごくりと生唾を飲んだ勇気が手を伸ばす。
「そーっと。そーっとよ」
1時間半も汗だくになりながら探した四つ葉。
今までの苦労で溜まった疲れだって、それを見た瞬間に何処かへ飛んでいった。
「お……おお、お……」
茎に手を掛けた勇気の腕が小刻みに震える。
よくよく見るとなんだか勇気の顔色が悪い。
「ゆ……ユキ?」
「ふんがーーーっ!!」
思い切って四つ葉をちぎりとった勇気。
その手の中で四つ葉が
「……………あ、葉っぱ取れちゃった」
勇気の手の中で葉っぱが無残にも取れていた。
「ちょ、あんたなんでそんな葉っぱギリギリをちぎるのよ。普通茎のとこでしょ」
葉っぱが枝分かれしているギリギリをちぎってしまった為に、一枚だけ葉っぱがちぎれてしまった様だ。
「はは」
誰からか分からないけど声を出して、みんなが笑いはじめた。
「ははは、バカだなぁユキ」
「ほんと、あんたってなんでこういっつも、やらかしちゃうの?」
腹を抱えて笑う4人。
夕焼けが優しく照らしている。
「はははは。うわ、自分でも意味わかんねぇや。……はい美咲」
勇気は美咲にちぎれてしまった四つ葉を手渡した。
「えーちぎれた四つ葉って縁起悪そう」
「そうだよね。ラッキーの象徴をちぎっちゃったんだもんね」
そんなことを言いながらも美咲は胸ポケットに四つ葉をしまった。
「……さてと、じゃあ帰りますか?」
「そだね」
4人はゆっくりと立ち上がって、少しの間だけ草むらを見つめて、帰り道へと向かうのだった。
翌日。
昼休みに美咲が本を読んでいた。
トイレから帰ってきた翔がそれに気付く。
「あ、美咲それ」
本に挟まれていた栞。
美咲はにっと笑いながら、栞を抜き取って翔に渡した。
「……これって」
桃色の色紙の上にちぎれた四つ葉のつながったままの三枚の葉。
そして葉っぱの形に切った濃い桃色の紙が、また新たな四つ葉をつくっていた。
「昨日ね、なんか思いついたんだ。」
「あー、翔なに持ってるの?」
「ん?なになに?」
ひょこっと現れた直也と勇気。
「良いねこれ……なんか僕たちみたいだ」
「はぁ。瀬谷先生格好良すぎ……」
四時間目、英語の授業が終わった昼休み。
美咲のこの言葉から始まった。
「瀬谷先生か、確かに格好良い人だよね」
英語講師、28歳で独身。
柔らかいウェーブがかかった髪、長身、お洒落メガネを着こなす。
「なんか外国の大学出てるらしいな。クラスの女子が騒いでた」
昼休みは屋上で陽なたぼっこをしながら弁当を食べるのが4人の日常。
「それに優しいし女子にも人気……神様は不公平だねぇ」
直也がちらっと勇気を見ながらそう言ったことに、勇気が気付く。
「ちょ、待て。今何でオレの方をちらって見たんだ?」
直也に詰め寄る勇気。
「やだなぁ意味なんてないよ。長い人生でユキのことを、意味もなくちらって見ちゃうことだってあるじゃない?」
「ウソつけ。絶対、瀬谷先生と違ってオレには何もねぇとか思っただろ!」
ぐっと胸ぐらを掴む勇気を翔がなだめる。
「まぁまぁ。ナオだってそんなこと思ってないよね?」
「あー……(かなり長い間)……そこまでは思ってない、かな?」
「てめぇ、やっぱりそれに近いこと思ってやがったんじゃねぇか!」
「罪よ……」
3人がやんやしている中で美咲がぼそりとこぼした。
「「「はい?」」」
3人同時の聞き直し。
美咲は全く変わらぬ調子で言う。
「瀬谷先生は完璧過ぎる。もはやこれは罪なのよ」
何処か遠くを見ながらそう言った美咲。
「「「…………」」」
3人は何も言い返してあげることができなかった。
「瀬谷先生にも苦手とかって無いのかな?」
仕切りなおしてお弁当を食べ始めると翔が言った。
「苦手か……頭もルックスも性格も良いんだから、あと残ってるのは……匂い?」
お弁当も途中に駆け出した勇気。
三階の踊り場で瀬谷を見つけた。
「せっ、せんせー」
ゆっくりと振り向く瀬谷。
「あれ?中山くんどうしたの?そんなに慌てて」
瀬谷は絵に書いたような笑顔でにっこりと笑う。
「…………」
無言のままじりじりと瀬谷ににじり寄る勇気。
「……?中山くん?」
もう顔と顔がくっついちゃいそうなんです、ってくらい近づいた勇気。
くんくん。
「えっ、中山くん?」
そして匂いを確認した勇気が瀬谷から離れて一言。
「先生のハレンチーー!」
「えっ」
だっと走り去って行った勇気を瀬谷が額に汗マークを付けながら見送っていた。
屋上へと戻ってきた勇気は泣いていた。
「うっ、うぅ……卑怯だ。男なのにあんな良い匂いがするなんて」
「そうなのよね。瀬谷先生が近くを通ったりすると、ふわって良い匂いがして、キュンってしちゃうのよね」
泣く勇気をなだめる翔。
美咲はまた明後日の方向を見ながらキラキラと目を輝かせている。
そして、あの男が立ち上がる。
「ふっ、甘いなユキ。オレが本物のあら探しってやつを見せてやる」
いつになく真剣な表情で立ち上がった直也。
「あ、あれは直也の本気の目。ふふふ、これは何かが起こるぜ」
直也の表情を見て泣き止んだ勇気。
「ナオさっきから真剣な表情で腕組んでたと思ったら、あら探しの方法考えてたんだね」
さすがの翔もこれにはちょっぴり呆れ顔だった。
なんせ直也のこれほどまでに真剣な表情を見るのは半年ぶりくらいだったからだ。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
直也が二階を探していると、一番奥のクラスの廊下で瀬谷が女生徒達と話をしていた。
そこに直也が入っていく。
「ちょっと瀬谷先生に話があるんだけど……良いかな?」
「……は、はい」
女生徒達は顔を真っ赤にしながら、聞こえないくらい小さな声で返事をした。
「きゃー直也くんに話しかけられちゃった」
女生徒達は去りぎわにヒソヒソ声でそんなことを話していた。
実は直也は女生徒達から人気がある。
「それで、話って何かな木村君?」
瀬谷に聞かれ直也が真剣な表情をした。
それに気付いた瀬谷も真剣な表情になる。
「先生……」
一呼吸置いて。
「メガネとってみてもらって良いですか?」
「…………え、うん」
よく分からないが凄く生徒が真剣な表情をしているので、教師としてそれをうやむやにはできない。
そんな正義感を抱きながら、ゆっくりとメガネを外した。
「…………。」
屋上に帰ってくるなり三角座りをして、ずーんと落ち込んだ様子の直也。
「バカな……メガネを外しても数字の3みたいな目にならないなんて」
がくっと肩を落とす直也。
「瀬谷先生ったらくっきり二重で、きりっとした瞳なのよね。あんな目で見つめられたらあぁ……いやーん」
実際に見つめられたわけでもないのに、顔を隠しながら叫ぶ美咲。
「……くっ。ナオでもダメだなんて。こうなったら翔。後はお前だけが頼りだ」
がっと肩を力強く捕まれる翔。
「えっ、これって僕もやんなきゃいけないんだ?」