ありがちな青春物語


「じゃっ、明後日の部活でね。」


聡美は手を振って歩いていってしまった。




玄関の前。


「恋、ねー…。」


家に入ると、ふわりとよく知っている香りがした。


今日の夕ご飯はカレーのようだ。

夕食を食べ終えたので2階の自分の部屋に行く。


今日1日、

いつもよりものすごく疲れた気がする。


「なんで、あんな人達に会っちゃったんだろ。」


誰もいないのに問いかける。


あたしって変わってるかな…?




あの人……




そう。あの人。


思い出そうとすると、すぐにあの目を思い出してしまう。


催眠術にかかってしまうような……


「考えても仕方ない!」


そうだ。
仕方ない。

てか、もう会うこともないじゃん。


あと、別れ際の聡美の一言が妙にひっかかる。



『由美香も良い恋しなきゃだめだよ!』







恋………?

恋かぁ〜…


そんなこと言われてもね。
なんともいえないよね。


好きな人はもちろん、気になる人もいないしなー


よく人は恋をした方がいいよー、とか言うけどさ。



「恋ってすれば、幸せになるもんなの?」



無意識に口に出てしまった。


明日、聡美に聞いてみよっかな。
夏休みなんだし、有効的に使わなきゃ。



お風呂入ってこよ。

そんで、出たら聡美に明日空いてるかメールしよ。


バスタオルを肩に掛けると、階段を降りて風呂場に向かった。

午前11時45分。

そろそろ起きないと。


昨日、聡美にメールしたら今日はこれといった予定はなく、聡美の家に遊びに行くことになった。


聡美の家までは自転車で10分ほど。

地元の友達の中でもまた近い者同士。



しかし、聡美との約束は12時30分だ。


今から顔を洗ったり、用意をしているとギリギリになってしまう。

「ふぁ〜…」


よしっ
起きよう。


ベッドから起き上がると蝉の鳴き声が眠気覚ましになった。



「それって恋じゃない?」


………え?



飲んでいた小岩井の牛乳コーヒーを吹き出しそうになった。


「ちょ、大丈夫?」

「ゴホン…だ、大丈夫…だけど……。」


聡美が背中をさすってくれる。

ここは聡美の部屋。
小学生の頃から来ているので何回来たことあるか、と尋ねられたら数えきれない程なので答えられない。


「そっか、そっかぁ〜
とうとう由美香にも恋の季節がきたかぁ。」

「ちょっと、ババ臭い言い方止めてくれる?」


聡美がくすっと笑う。


「てか、あたしは好きだなんて言葉、一度も言った覚えは無いけど。」


聡美が目を輝かせた。


「あたしはっ!」

「ほら〜
またムキになるとこが怪し〜」


聡美は楽しんでいる。


「ただあたしはあの人達に絡まれた時のことを説明しただけじゃんっ。
しかも、恋なんて展開早すぎでしょ、どこの少女マンガよ?」

「でも、さっき忘れられない、って言ってた。」

「あれは!」

「なに?」

「………っ。」


相変わらず聡美はニヤニヤしている。


「忘れられないんじゃなくて、なんか知らないけど頭からあの人の事が離れないのっ。」

「同じじゃん。」


大きな声を何度も出していたら疲れてしまった。


「はぁ〜…。」

「ま、とりあえず、お茶飲みなよ。」


聡美がコップにオレンジジュースを注いで渡してきた。


「お茶じゃないじゃん。」

「なにか文句でも?」

「ありません。」


口から胃へ酸っぱい液体が滝のように落ちていく。


「てかさぁー。」


あたしはまたオレンジジュースを口から流す。

聡美の言葉は目で受け止めた。


「あの人って誰よ?」

「……………!!」


そういえば…
そんなこと言ったっけ?

いや、言ってないよっ
でも言ったっ


「あたしはただ恋してんのかぁ〜、とは言ったけど固有名詞は口にした覚えはないよ?」


……ギクッ

なんなの、この子。

こういうの…なんていうんだっけ?
えぇっと…
誘導…なんちゃら。

誘導、
誘導、

誘導尋問だ。


「誘導尋問ですか?」

「ちょっと違うでしょ。
誰が尋問なんてしてんのよ?」


オレンジジュースが無くなった。
お代わりしよ。


「話変えないでくれる?
あの人って誰?」


あの人…

あたしは誰のことをあの人という言葉に置き換えたのだろう。


『これで迷惑かけたの二度目だよね。ごめんね。』


この一言が唯一、あたしに掛けた言葉。
いや、一応、文章か。

あの人の眼。
あの眼には心を吸い取られるかと思った。


「もしかして、クールっぽい方なの?
まぁ、あたしも好きになるならあっちかもな。もう一人のチャラい方はめんどくさそうだし。」

「ちょっと!好きだなんて言ってないでしょっ。」


聡美がため息をついた。


「じゃあ気になる存在かぁ。」


う……。
悔しいけどとてもしっくりきちゃった。
ホント悔しい。


「き、気になるんじゃなくて!」

「なに?」


聡美が今度は頬杖をついた。


「ただ、あの眼力が頭に残るだけ!」

「あんま変わんないじゃん。」

「変わるもんっ。」


必死で抵抗した。

抵抗するのも無意味だったけど。


「ふーん。
ま、どっちでもいーけどね。」

「よくないよ。」

「はいはい。
で、あの眼力がつよーい彼のお名前は?」

「もうっ。
確か『海』ってもう一人が呼んでたかも。苗字か姓名かどっちなのかわかんないけどね。」

「え?海?
それってもしかすると……。」


聡美の目が真剣になった。


「知ってんの?」

「いや、そうじゃないんだけど。海……、海…どっかで聞いたような…。」


今度は少し険しくなった。


「ふうん。
ま、いーんじゃない。思い出したら教えてよ。」

「うん。
あー、なんだっけなぁ〜。思い出せないのって気持ち悪いっ。」


と、聡美は両手を頭にのせてうなる。

その様子を見ていると笑ってしまう。


オレンジジュースを注ぐ。

あたしの一杯でオレンジジュースの1㍑のパックは空になってしまった。

はや。
もう無くなっちゃったの?

そんなに飲んだっけ。


「あぁーっっ」


急に聡美が大声を出す。


「もう、びっくりしたぁ。
ごめんごめん、だってこのオレンジジュースはまるんだもん。」


許しを得ようとした。

すると聡美はあたしに顔を寄せてきて言った。


「思い出した!」


どうやら、先ほどの聡美の叫びはオレンジジュースではなく、あの人の事をやっと思い出せた事の叫びだったようだ。