母の隣でちょこんと座っている可愛らしい少女。
母はその言葉にさらに声を弾ませた。

「この子はね!翠(みどり)ちゃんよ!六歳!」

「…聞いているのは名前じゃないよ。年齢でもないよ。」

少しどすの効いた声も、毎日私と共にいる母に効力があるはずもなく、うきうきとまた話を進める。

「今日ね、街に出てみたらある人に出会ったのよ。それでホラ!」

母は、茶色いくたびれた大き目のバックを逆さまにした。その開け放たれたバックからドサドサと何かが落ちて来る。

「…金?」
「そう!お金よ!!」

紙の束…それは紛れもなく札束だった。あまりの量に身震いをしてしまう。

「なんだよ…それ…」

表情は変らなくても内心は焦っていた。母はただ笑っている。

「この子をしばらく預かって欲しいって。こんなに!!」
「……」
「必要なら小切手も渡すって…!!素晴らしいでしょう!?」

母は立ち上がって小躍りした。そんな母を翠と名乗る少女は微笑んで見ていた。
小さな身柄に肩甲骨くらいまで伸びる髪。まるで天使のような愛らしい顔。
だが、何かゾッとするような威圧感を感じた。

「どう考えても話が上手すぎるよ。大体、何でその子を預かる必要があるの?これだけ金を持っていて…」

少女はその日本人離れした顔を私に向けると、小鳥のような声で話しだした。

「ごめんなさい。私の両親はとても忙しいのです。私は気に入った人にしか世話をしてもらいたくないので…」

なんだ、その言い分は。
まるで話しにならない。私は淡々と言葉を繋げた。

「母を気に入ったと?」

「お姉ちゃんも好きよ?」

決定的だ。この子は危険物。

私の本能がそう告げている。というより、誰であろうとその事はわかるだろう。
私の愚かな母親以外は。
少女は間違いなく何か目的があってこの家にいる。この頭の弱い母を上手く騙している。
ただ問題は…

(目的が…読めない…)

私は少女を見る。少女はお人形の様に笑う。これだけ派手に金を使っているんだ。金は目的から除外される。
では何か。
今時、金以外の目的はさっぱりと思いつかない。
笑う少女の隣に宝石の様に輝く目をした母。
私は一つ溜息を吐くと、目を静かに伏せて、「わかった」と応えた。