バイト先の本屋に着いて、裏から店に入る。
まだ開店前の9時半。
「おはようございます。」
初めて覚えた“業界用語”。
最初は使うのになんか抵抗みたいなものがあったけど、今じゃもう当たり前の挨拶になっている。
「優ちゃん、おはよう」
店長が笑顔で迎えてくれる、いつもの光景。
ふくよかな、どこにでも居るようなおばさん店長。
すごく優しくてとても良くしてくれてる。
今日も暑いわね、なんて言いながら、涼しい店内の中でじんわりと汗をかいていた。
シャッターを開けて、新発売の新しく入荷した本を店の外に出すのは僕の仕事。
だいたい、レジをやったり店の掃除をして過ごしている。
混む所じゃないから、忙しいとか大変というわけじゃないんだけど。
やることが無くて時間を上手く潰すのが大変だ。
1人じゃないから、店長と話しをしている時間の方が長いけど。
10時の開店時間になった。
レジの内側にある椅子に座って、お客を待つ。
「優ちゃん、今日はどこかにお出かけ?」
僕が持って来た紙袋の中に入ったワンピースを見て、店長が言った。
「はい、ちょっと…」
「逢瀬さんとでしょ?」
店長は千尋さんの事になると鋭い。
「なんでいつも分かっちゃうんですか?」
「だって優ちゃん、逢瀬さんの事になるとすぐ顔に出るんだもの。」