昔、百合子さんがこの家に来たばかりの時。
百合子さんが何気なく呼んだ僕の名前が嫌で、「そうやって呼ばないで」と怒鳴った事がある。
百合子さんはそれから、僕の名前を呼ばなくなったから、千尋さんが僕の名前を呼んだとき、驚いたような、哀しいような、複雑な表情を見せたから、胸が痛んだ。
自分には呼ばせて貰えなかった名前。
でも百合子さんはその事で、僕にとって千尋さんがどれほどの存在か感じとってくれたみたいだった。
「貴方なら、安心できる。この子をよろしくお願いします。」
百合子さんはゆっくりあたまを下げた。
百合子さん
貴方がどれだけ僕の心配をしてくれていたのか、分かったよ。
そんな綺麗な心を、少しでも疑った汚い僕を許して…
「じゃあ百合子さん、行ってきます。」
僕は泣きそうになりながら、震える声で言った。
「うん、行ってらっしゃい。またゆっくり話そうね」
そうして千尋さんはもう一度百合子さんの一礼して、僕たちは家を出た。
最後まで名前を呼ばなかった百合子さん。
本当にありがとう…
千尋さんは、あいさつができてよかった。と言ってた。
僕も、千尋さんと百合子さんが会ってくれて良かった。