この雲は、今京一の住んでいる町に流れて行くのだろうか?
又ため息をついた。
数馬がこっちを見る。
「そんなにため息ついたら、幸せになれねぇぞ。」
「私幸せなんて望んでないし。それに・・・ 」
言うのを止めた。
私の叶わない恋。
これ以上の不幸はない。
もう誰も好きにならないし、恋愛なんて絶対無理。
「あずみなんて顔をしてんだよ。」
答えたくない。数馬の顔なんて見たくない。
「私に話しかけないで。」
そう言うと数馬が席を立ち、私の前に来る。
「素直になれよ。」
私の顔を覗き込んで、私の唇に数馬の唇が触れた。
私はあまりの驚きに声も出ない。
数馬は笑いながら、「外国じゃこんなのあいさつだから。」
ここは外国じゃない。日本だから、私は数馬を睨み付けた。
私が睨んでいる事など数馬は気にしない。
「もしかしてあずみのファーストキスだったりして!」
よけいに頭に来た。
「いい加減にして。私に構わないでよ。」
数馬は私が怒ってることなど全く気にせず、
「あずみは笑っている方が可愛いのにな!」
数馬の言葉にはっとした。そういえばここ最近笑ってないかも。
あの日京一に抱き締められ、キスされた時から笑えなくなった。
私は京一の事忘れたくて、彼氏を作った。
前から私を好きと言ってくれた、同級生の田宮元。
身長も私より高く、本当に優しくて私を大切にしてくれた。
だけどあの日私の部屋に初めて来た時、
いきなりベットに押し倒され、無理矢理キスしょうとした。
私は驚いて、思わず叫んでしまった。
「いやぁー止めて!」
その叫ぶ私の声と同時に、京一が私の部屋に飛び込んで来た。
ベットの上で私にキスしょうとした元の胸ぐらを掴み殴りかかる。
殴られた元が跳んだ。
京一が私を抱き締めた。
そして京一の唇が私に触れる。
涙が溢れた。
今も忘れられない。
私は京一に抱き締められたまま泣いた。
京一は、「ごめん。」と言って私を抱き締めた手を離し部屋を出て行った。
それから、京一は彼女とは別れたらしい。
でも私に対しては、以前と変わりなく兄として接していた。
私の気持ちは何処へ行けばいいの?
京一に好きと言いたい。
もしかしたら、京一も私を好きでいてくれるのかも知れない。
そんな淡い期待を持ったりしたが、
京一はあれから、私と二人になる事を避け続けた。
そしてこの春、京一は東京の大学へ行く為この家を出た。
その時京一は、「あずみの事はずっと妹として好きだから。」
だったら何故キスなんかしたの?でも怖くて私は聞けなかった。
もうこれ以上嫌われたくなかったから。
我慢をした。
もう笑う事なんて出来ないよ。
さっきから数馬がこっちばかり見ている。
「あずみ何で外ばかり見てる?」
数馬の問いに答える気にはならなかった。
私は机に顔を伏せた。
授業中寝た事などなかった私だが、
今日はなんだか眠れそうだ。
数馬が又何か言ってる。
でも私は完全に眠ってしまったようだ。
一時間目が終わるチャイムが鳴る。
一時間目は夏目先生の国語だった。
夏目先生が、「授業中に森川が居眠りするなんて珍しいなぁ。」
その声にはっとして目が覚めた。
回りを見渡しびっくり顔の私に、
数馬が、「あずみ良く眠れたようだね。」と微笑んだ。
その優しい顔に私は一瞬見とれてしまった。
休み時間に、中学時代から仲良しの前田美香が私の隣に来た。
「あずみどうかした?授業中に居眠りなんかした事ないのに。」
私は少し考え、「なんか今日色々あって疲れたちゃった。」
美香が隣の数馬を気にしている。
数馬がこっちを見て、「あずみの友達?」って聞いた。
美香は嬉しいそうな顔で、「はいそうです。確か佐伯数馬さんでしたよね。」
数馬が、「ああ。」
「佐伯さん私たちが青葉に入学した時、確か三年生でしたよね?」
えっ。私は美香の言葉で眠気が覚める。
私たちが入学した時、三年生に数馬がいた?
だったら京一と同級生?
京一は一年浪人をして今年大学に入った。
数馬は京一を知っているのだろうか?
聞いてみたい。
たけど、今の私には聞く勇気がない。
私は美香の話しを聞く事にした。
「私覚えてるんです。あずみのお兄さんの京一さんが生徒会長で、
数馬さんは確か副会長でしたよね。」
数馬が私を見た。
すぐ私から目を反らし、「あぁそんな事あったかもな?」
私は自分の記憶を張り巡らした。
確か京一は生徒会長をしていた。
だけど副会長の数馬がいた事は覚えていない。
こんな目立つ顔一度見たら、忘れるはずないのにな。
美香が話し続ける。
「あずみのお兄さんの京一さんも素敵だったけど、
私は数馬さんがいいなぁって思ってたから。」
美香の顔が赤くなる。
そんな美香を可愛いなぁ。と思う私。
美香は小柄でお人形さんみたいに可愛い。
誰が見ても守ってあげたくなるタイプ。
美香は私の容姿が羨ましいらしいけど、
私は素直に喜べないでいる。
美香は聞きにくそうに、「どうして二年も留年したんですか?」
美香の大胆な質問に私は驚いた。
数馬も少し引いたようだ。
さっき担任が数馬を紹介した時、
家庭の事情とか言ってたような気がする。
他に何かあるのだろうか?
数馬が私を見た。
私が目を反らそうとすると、「あずみに話して無いことがあるんだ。」
何?今美香が質問してるんだよね。
何で私に話す訳?
美香が困った顔をして私を見た。
数馬は、「俺の留年の理由だろう。さっき担任が言ったとおり。
家庭の事情で、海外にいたからね。」
ふーん外国にね。だからなんでもする事が大胆な訳ね。
「俺あずみとは、今日が初めてじゃないんだ。
二年前にも会ってる。」
数馬の言葉に答えられない。
だって私覚えてないもの。
私と数馬が二年前に会ってる?
いつどこで?
私にはまったく覚えがない。
「あずみなんて顔してんの。」
数馬が呆れた顔をする。
「多分あずみは覚えないと思う。」
美香が何か思いだしたように話し出す。
「もしかして、二年前にあずみが京一さんにお弁当を届けた時、
同じ教室に数馬さんいましたよねぇ。
あずみから数馬さんがお弁当を取り上げて、
俺がいただくよ。とか言って。」
そんな事あったっけ。
京一にお弁当届けた事は何回かあったが、
まったく覚えていない。
その時数馬がいたなんて分からない。
あの頃私は京一しか見ていなかったから。
悪いけど数馬にあった事なんか忘れてるよ。
「美香ちゃん覚えがいいねぇ。あずみとは三回は会ってるよ。」
三回も?なのに私は覚えていない。
「二人切りでもあってるし。」
何?その意味ありげな言い方は。
悪いけど覚えてないや。
「まぁ二人切りの時は暗かったし、俺の顔を見てなかったかもな。」
一体どういう事ですか?
又美香が、「あっ!あずみがあのストカーにあった時助けた人が、
もしかして数馬さんだったの?」
「はぁ。何であずみが覚えてなくて、美香ちゃんが覚えてるんだよ。」
又呆れた顔の数馬。
だってあのストカー思い出したくもないしさ。
あの時そう助けてくれた人の顔は見てない。
つぐその後に京一が来て、
私の事抱き締めてくれたのは覚えている。
「あずみ本当に覚えてない訳? 」
「うん。」
「あり得ねぇだろうが、あん時あいつナイフ持ってたし、
かなりやばかったぜ。」
そう言えば何か光る物を持っていたような気がする。
「ごめん。」としか言えなかった。