オヤジが若いころ、どういう人生を送っていて、何を考えていて、どういう志で会社を立ち上げたのか、正直なところ俺はほとんど知らない。


大手IT企業の社長という、ずいぶんたいそうな肩書きを持つ人間なのに、その思想を受け継ぐ…のは俺には荷が重かったかもしれない(俺は文系人間だから)が、聞くことは、出来たはずなのだ。
俺が存在していることは、確かにオヤジが生きた証ではあるのだろうが、しかしオヤジは血を受け継ぐ固体それだけしか残す事が出来なかった。


俺が刺されたとき、オヤジの会社関係の怨恨が噂され、世間の目が、オヤジに対して冷たくなったことがある。
息子を刺されたのは確かに気の毒かもしれないが、


刺されるようなことを、あなた、していたんじゃないんですか?



という目だ。


オヤジはそれを否定できなかったのかもしれない。


オヤジが自殺したときには、会社はもう、ほとんど経営破たんしていて、幼い頃の贅沢が嘘のように、俺たちは貧乏…とまではいかなくとも、ごく一般家庭の生活に格が下がっていた。