その日は持って帰った彼岸花をそのまま二、三枚描きました。

その頃私が下宿していたところは…遊郭と言えばあなたにも分かりますかね、その一部屋にいました。
ここもゲンが見つけてきたんです。本当に妙な嗅覚が働く奴です。

その母屋の方に私が居りまして、向かいが女郎さん達の仕事部屋、と言うんですかね、がありまして。

夜になってもそちらの明かりで薄ぼんやりと明るい部屋でした。

私はそちら向きの窓についた机に彼岸花を置きました。

そうしたらあつらえた舞台のように花に光が当たりまして…まるで今から悲劇でもやるんじゃないかと言うような薄暗い照明がね。
その具合がちょうどよくって、私は自分の部屋の明かりをつけずに彼岸花を描きだしました。

赤い花弁は暗さに負けることなく薄い光を吸収しぼんやりと浮かび上がり、抑揚のない緑の茎はしっとりとその闇に潜んで。

なるほど死人花などとはよく言ったものだなぁ、と思いました。

その塩梅ををうまく描くのが難しいながらに面白くって、花と茎の境目の所を特に注意深く夢中になって描いていましたら目が疲れてきたのでしょう。

私はそのスケッチブックをそのままに、彼岸花も机に放り出したまま眠ってしまったんです。