カンカンに怒った湖子には逆らうことなど到底できない。

 それに……、彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 まるで、一気に緊張の糸が切れたかのような。



「湖子……、心配かけてごめんなさい」


「……わかってくださればいいのです」






「そういえば、蘭花様。さっきの御方は……?」


「ああ、送ってくださったのです。ええと、名前は……あ」



 気づけば、いつの間に立ち去ったのか、迷子から救ってくれた彼は居なくなっていた。

 そうして、ついつい名前を聞き出し損ねたことも、



「……親切な方、ということにしておこっと」


「蘭花様?」


「……様って付けないで、と言いたいのだけど、外じゃ無理ね……」


「当然ですわ。さあさあ、早く屋敷に帰りましょう。お説教が待っていますよ」


「ううっ……」


「心配をかけたのですから当然ですわ」


「……はーい」



 にっこりと笑って歩き出した湖子に、渋々ついていく。

 何やら、気が重い。






 そういえば、彼は一体誰だったんだろう……。