「はい。わたくしたちは、地方の豪族の娘であることが多いのです」


「湖子さんも?」


「だから、さんはいりませぬと……。ええ、まあそうです。わたくしは本当に地方なのですが」



 ついに、湖子さんは訂正を諦めたようだった。

 何度も何度もめげずに呼び続けてよかった!

 継続は力なり、だと深々と思った。

 ナニかが違う気もしなくはないけれど、そこは無視をする。



「ちなみに、文字ではこう表します」



 突如、湖子さんは立ちあがった。

 かと思うと、部屋の隅に置いてあった綺麗な装飾の施された文箱の中から、数枚の木の板と硯と筆とを手に持って、椅子へと戻ってきた。

 そうして、サラサラと流麗としか言えないほど美しい字で、『采女』と書いてくれた。



 なんて気の利く人なんだろう。

 真人お父様もそうだけれど、湖子さんも、好きにならずにはいられないような人だ。

 心からの親切が、骨身に染みる。



 ああ、じーんってするっ!



「そうなんだ……。じゃあ、ユウゲっていうのは何ですか?」


「ユウゲとは、夕方に食べる食事のことです」



 つまりは、夕ご飯ってことか。

 こんな言い方もあるんだ……。