<夏歩SIDE>

 よりにもよって男の人にガッツポーズを見られていた。
しかも,私が急いで立ち去ろうとしたら笑われるという始末。
こうなったら弁解しないわけにはいかなくて,私は男の人の前で立ち止まった。
おずおずと男の人を見る。
「あっ…!」
私は思わず声をあげた。
未だに面白そうな顔をして煙草をもて遊びながらこっちを見ているその人は,ピアノが始まる前にギターの先生と一緒に歩いていた人だった。
「何か?」
男の人に聞かれて,私はまた顔が赤くなるような気がした。
「あ,いえ…。あの…ギターの先生と,知り合いかなあって,思って」
途切れがちに小声で言うと,その人は一瞬考えたあとに素敵な笑顔を見せた。
「あー…森さんのこと?」
森さん―?
「あのギターの先生,森さんっていうんですか?」
思いがけずギターの先生の名前が聞けたことに,自分でもわかるくらい声が弾んだ。