<準嗣SIDE>

 俺は外に出て煙草に火をつけると,ゆっくりとふかしながら音楽教室の壁にもたれた。
そろそろ森さんのレッスンも終わるはずだ。
その前にどうしても1本吸っておきたい衝動にかられて,智浩さんを残したまま外に出てきた。
智浩さんは俺たちが普段働いている東京の音楽教室と,ここ北海道K市の音楽教室の違いに興味があるらしかった。
が,いかにも智浩さんらしく詮索にはすぐさま飽きて,今は楽譜売り場で楽譜を見ているはずだ。
俺がふう,とため息をついてするりとしゃがみ込むと,青く澄みわたった空が視界に入ってきた。トルコブルーの中に,無造作に配置された白い雲。
ふと,こんな綺麗な青空を見たのは久しぶりだと思った。
高層ビルと大気汚染にやられた東京じゃ,見ることのできない空。
自然と,目が遠く―青空を見透かしてなお遠く―を見つめた。
その綺麗な空が,俺の心をほどいて,遠い日の記憶を引っ張り出した。