―思い出した!もうクラシックは飽きたから…というよりむしろ,中2からピアノを習い始めた私のレベルでは弾ける曲が限られているからだけど…先生の楽譜から曲を選ぶことになっていたのだ。これは…もしかすると?
そして予想は的中し,私はその後,一度もピアノに触れることなくレッスンを終えることができた。先生が持ってきた8冊もの楽譜から私が好きそうな曲をセレクトして弾いてくれているうちに,終わりの時間になったからだ。
「ありがとうございました-!」
いつもより元気よく挨拶をして,私は教室をあとにした。ピアノを弾かなくて済んだことがたまらなくうれしくて,音楽教室の自動ドアを出たところで思わずガッツポーズをして声をあげた。
「よしっ!」
―近くに誰もいないと思ってたのに。
それなのに,ふと左を見ると,自動ドアの脇にしゃがんで―しゃがんでいるから見えなかったんだと思うけど―煙草を吸っている男の人が,必死に笑いを堪えているような顔で,私のことを見ていた。