「へっ?」
間の抜けた声を出すコイツを俺はくくっと笑う。
コイツ、池田さんの腹黒さ知らないからな――。
「話して危なくなるのは紛れもない君だ。」
ハハッ!
身を硬直させているコイツを見ているのは面白くてたまらない。
「ど、どういうことです……?」
「うーむ、変な噂が生まれれば、記者には追っかけ回されるし、ファンの子達に殺されかけるかもしれないね。」
こういうことをさらりと言えるから、池田さんは怖い。
ま、今回は他人事だから楽しいけど。
やっぱコイツはフリーズしてる。
「……そ、そんな……。」
カッチカッチに固まった体から、か細い絶望の声が発せられる。
さっきまでの強気さなんて一欠けらもないコイツがおかしくて、俺は腹を抱えて笑う。
「な、何よ!?」
急にアイツは俺をキッと睨む。
「いや、冗談じゃないぞ。池田さんが言ったことはまず間違いない。お前が巻き込まれるのは確実だ。」
これだけは脅しでも何でもなく、本当のことだ。
もし変な噂でも流れれば、俺の芸能界生命も危うい。
「というわけで、約束してくれるね?」
いつものようにミラーの中で池田さんのメガネがあやしく光る。
イエスとしか言えないもの言いだ。
こういう時池田さんの黒さを実感する……。
さあ、なんて答える……?
俺は横目でアイツを見る。
似合わずオドオドしてるようだ。
「わ、わかりました……。で、でも、アンタのためなんかじゃないわよ!」
最後までそうくるか。
「そんなのどうでもいい。」
俺は吐き捨てるように言った。
本当に可愛くないヤツ。
「ありがとうございます。ではご自宅まで送らせて頂きますよ。」
「いいですよ。」
そんなふうに池田さんとコイツの押し問答が始まり、最後はもちろんのこと池田さんが勝ち、アイツを送っていった。
そして、アイツを送った後、車内は静かになる。
何であの女は俺にあんな態度なんだ?
まあ、いい。学校退屈だし、オトしてやる――。
【実來Side】
「おはよう。もう朝だよ。ほら、起きて――。」
あたしの耳元で爽やかで甘い、愛しい人の声がする――。
もう幸せです!
気持ちよく私は目を覚ます。
あぁ、皆さん誰かが起こしに来てくれたの?とか思いました?
いえいえ、違います。
あたしは枕元に置いてある、声の主を手に取る。
そう、ケータイ。
いつもケータイのアラームを蓮様の声優さんである福田俊様の着ボイスにしてあるの。
福田俊様の声すっごく素敵なんだよ!
朝からうっとりです!
あたしはケータイから囁かれる蓮様の、福田俊様の声に挨拶を返す。
「おはようございます!」
これがあたしの日課。
できることなら、蓮様と同じ二次元の世界に住みたいです。
あたしは目を閉じ、夢の世界に思いを馳せる――。
あぁ〜、蓮様ぁ――!
――それに比べて、あの男は何なのよっ!!!!
アイツのこと思い出すと、せっかくのこの幸せの一時も、最悪なものになる。
あぁ!気分悪っ!!
あれから、私はずっとアイツをシカトしているの。
だって、口もききたくないじゃない!
会いたくもない!!
―――――――
――――
今あたしは、玲とエマちんと一緒にお昼中。
廊下側の玲の席に集まって食べてるの。
「ねえ、実來ちゃん。」
「ん、何、エマちん?」
エマちんはいつも通りのんびりとした口調で声をかけてくる。
「あの…、いいの?」
「へっ??」
一体何がでしょう?
すると、エマちんはあたしを通り越し遠くへと視線を投げる。
何が見えんの??ゆ、幽霊!?
「アハハ!ちょ、ちょっとやめてよ、エマちん!怖いじゃん!」
幽霊とかホントダメなの……。
あたしは恐怖をかき消すように笑い飛ばす。
なのになのにぃ……!
「さっきからずっとよね。キモいったらありゃしない。」
不快そうにそちらを一瞥すると、顔を歪める玲。
「ちょっと玲までやめてよぉ!」
「実來、あんた、何か勘違いしてない?」
はぁ……??
玲のメイクばっちりなお顔の眉間に皺が寄る。
「……といいますと?」
「いいから、自分の目で見なさいよ!」
玲に両手で頬を挟まれ、グルッと後ろに首を回転させられた。
「ほら、山田太郎君だよ、実來ちゃん。」
エマちんの言葉で泳いでいた視線が定まる。
何でよっ!!
言われて見た先には、
あの憎き男!!
猫背でキョドリながら、こっちをチラッとうかがってくる。
そして、あたしが見ていることに気が付くと、びくりと体を震わせおびえた様子を見せるのだ。
本当はそういうキャラじゃないくせに!!
腹が立って鼻息が荒くなってしまう。
「どうかしたのかな、山田君?」
天然で優しいエマちんは本気で心配してるようだ。
芝居だっていうのに。
「実來、何か言ったの?まぁ、わからなくもないけどね。」
「はぁ!?何もしてないし!」
したのアイツだし!
バラしてしまいたい衝動にかられたけど、マネージャーのことを思い出してどうにか踏みとどまった。
―――――――
――――
あたしはエマちんや玲と帰り道で別れると、家へ向けてスキップしつつ急いだ。
深夜にビデオにとったアニメが2本あるから、早く見なきゃ!
「たっだいまぁ〜!」
アニメが早く見たくて心は弾み、勢い良く玄関のドアを開けた。
「お帰り〜。」
お母さんが笑顔で出迎えてくれる。
だが……、
おかしなことを言いだすお母さん……。
「あら、実來。新しいお友達?」
へっ??
「な、何が??」
お母さん、何が見えてるの?
今日はもう変なことばっか。
いい加減勘弁してほしい。