俺様アイドルとオタク女のキケンな関係



息がかかりそうなほどの距離――。


今あたしの目に映るのは、薄暗い図書室で少し影のさしたアイツの顔だけ。


今すぐ逃げたいけど、動いたら唇が触れそうで動けない……。


それに、何でか心臓が変な音をたててる――。


現実の男なんて大嫌い……、

なのに、

こんな最悪な男なのに、

蓮様にしか見えなくて、

あたし、ドキドキしてる……。


輝く栗色の髪、

切れ長の目、

鼻すじの通ったシャープな顔立ち。


最低だけど、

蓮様にそっくりで

絶対に会うことのできない蓮様が目の前に現れたみたいで

トキめいちゃうんだ。





間近にある顔に、

鼓動ははやくなるし、

顔は熱い……。


見れば見るほど、

優しい私の王子様

蓮様に見えてきちゃうの――。


すると、長い指の綺麗な左手があたしの顎にのびてくる。


そんな行動にドキッとしたあたし、

だ・け・ど!

あたしはどうしようもないバカだった!!


「お前、今日から俺のもんだから。俺には絶対服従だ。」


は!?

何だって!?


「はぁ!?!?!?ふざけんな!!」


蓮様、本当に申し訳ありません!!


コイツ、死んでも直らないぐらい重傷な最低男でした!


あぁ、あたしのバカ!!





優しい蓮様とは大違いに、コイツは意地悪そうにニヤリと笑う。


あたしは下唇を噛み締め、ヤツのスネを悔しさをこめて、思いっきり蹴ってやった。


バシッ!!


「いてっ!!」


あたしは痛がるアイツをせせら笑いながら、アイツのガードを突破して出口へと走る。


そして、ガラッと戸をあけながら、あたしもニヤリと笑ってうずくまるアイツを振り返ってやった。


「いい気味ね。どんな女もオトせると思ってるなら、大間違いよ。」


かっこつけてたヤツが痛くてうずくまってるなんて、笑えるよね。


「あたしにもう関わらないでよね!」


そう言って戸をぴしゃりと閉めた。


もうあんなヤツと関わりたくない!!





【拓真Side】


キャーキャー!


スタジオを包むのは黄色い歓声。


今は、生放送の歌番組の収録終わりだ。


「みんな、ありがとう。」


客席に向かって俺が手を振れば、歓声は更に大きくなる。


そう、これこそ俺に対する普通の反応だ。


なのに、あの女ときたら――。


「拓真君!お疲れ様〜。」


気付くと、スタッフさんが俺に駆け寄ってきていた。


「あっ、お疲れ様です。今日もありがとうございました。」


俺は即座に爽やかスマイルを作り出す。


本当の俺はこんなんじゃないが、あくまでアイドル“神崎拓真”は爽やかキャラだからな――。





「拓真君の人気はすごいよね!まだデビューして3ヵ月なのに、すごいとしか言いようがないよ。拓真君は人柄もいいしね。」


客席を見渡しつつ俺に言う。


「ははっ、そんなことないですよ。俺なんてまだまだです。」


笑いながら適当に謙遜しておく。


自分でいうのもおかしいが、女子中高生を中心に支持され、スタッフさんからも信頼されてる。


「また次回もよろしくお願いしますね。では、今日は失礼します。」


「また、よろしくねー!」


俺は丁寧に頭を下げてからその場を後にした。


これぞ完璧なアイドル神崎拓真だ。


俺を知らない女なんて、

惚れない女なんて

いないわけがない。





―――――――
――――


自宅へと向かう車の中、俺は後部座席に疲れた体を預け、考え事をしていた。


あぁ!!


ムシャクシャしてどうしようもない。


あんな女ごときのことなのに。


俺はつい、セットされている髪をぐしゃぐしゃにした。


「おい、拓真どうした?」


車中に落ち着いた低い声が響く。


視線を上に向けると、運転している池田マネージャーがルームミラーでちらりと俺を見た。


ミラーの中では、華奢なインテリ風の眼鏡がキラリと暗い中で光っている。


俺は大きくため息を吐いた。


「……あの女のことですよ……。」





「あぁ、あの女の子のことか。あの日の子と同じ学校なんて、そんな偶然もあるんだな。」


池田さんは前方から目を逸らすことなく、笑い混じりに言う。


全然笑える話じゃないだろ。


「あの女、すげームカつくんですよ。」


何度思い出しても、腹が立つ。


何なんだよ、あの女!?


俺は思わず舌打ちをした。


なんたってこの俺に蹴り入れたんだからな。


すると、静かに池田さんが言葉を発する。


「それより、拓真。この間から言おうと思っていたが、ちゃんとお前、自分の立場わかってるのか?」


池田さんの声はさっきと打って変わり冷徹な声色へとかわる。





はぁ……。


俺は心の中でため息を吐く。


普段は笑顔を浮かべている池田さんだが、時折、冷徹な一面を見せる。


これこそ池田さんの本性じゃないかって思ってんだよな……。


「お前には自覚が足りない。この間のことといい、今回バレたことといい……。」


冷たい声が俺の耳へと入り込んでくる。


………説教が始まった……。


「お前は人気アイドル“神崎拓真”だ。バレたら大変なことになる。その女の子以外ばれないようにしろよ。でないと、何のために学校を変え、変装してるんだか……。」


何か反論したいが、いつもこの雰囲気から何も言い返せない俺。


まあ、確かに池田さんの言っていることは、その通りだ。

わざわざ芸能人が通うような学校ではなく、普通の学校に来たのに、水の泡になる。


「わかってます。あの女のことはちゃんと手を打ちます。」





―――――――
――――


あぁ、めんどくさ。


何で忙しい俺があの女のために時間を割かなきゃならないのか……。


今は帰りで、俺はあくまでダサい男を演じながら猫背で伏し目がちに一人で歩いている。


そんなふうに演じながらも、先に教室を出ていってしまったあの女をさがす。


少し小走りに歩けば、女3人で並んでいる中にアイツがいた。


面倒な問題はさっさと片付けてやる。


「あ、あのぅ、…ちょ、ちょっと用があるんですがいいですか…?」


こんな弱々しい言い方はしたくないが、あくまで演技をする。


やはりアイツはムッとしたような顔をしたが、隣にいる女が口を開く。


「実來ちゃん行ってきなよ。少し先にってるから。」

「そうね、行ってっらしゃいよ、実來。じゃ。」


一人はまったりと、もう一人はニヤリと笑って言った。

ちょうどいいじゃないか。