俺様アイドルとオタク女のキケンな関係



俺は漫画のあるシーンをさっと開いて、アイツの目にうつす。


「このシーンな。」


ニヤリと笑いながらアイツの肩を掴んで立たせれば、読み込んでるアイツはすぐに理解したのか顔を真っ赤にして、体をビクンと跳ねさせる。


「ちょちょちょちょっと!!そんなのしなくていいから!」


「騒ぐなよ。この俺の演技の邪魔をするな。」


俺は冷たくコイツを一瞥し、演技に入るため集中を始めた。


今から俺は一之瀬連。そしてコイツはヒロインの花菜。

ヒロインには似ても似つかないコイツだが、そう思い込む。


俺は瞳を閉じ、そしてパッと開けた――。


「……俺、花菜のこと前から気になってたんだ――。」


目の前にある揺れる瞳を見つめ、抑えきれずにギュッと抱き寄せた。


そして少し腕をゆるめて腕の中のコイツを見下ろせば、アイツはリンゴみたいに赤くなってオロオロしている。


コイツやっぱ反応面白すぎ。





そんな反応を見ているとつい、もっとイジメたくなる。


でも、今は演技中だし、また今度にするか。


「――大好きだよ、花菜――。」


俺は真っ赤な熱い頬を両手で優しく包みこみ、――そのままキスに――。


「ストーップッ!!もういい!そこまででいいから!」


アイツは急に声を張り上げ、俺の胸を押して距離を作る。


「いいのかぁ?」


「何がよ!?」


アイツはいまだに真っ赤な顔で俺を睨みつけてくる。


何の効力もないこと、わかってないんだろうな。


でもそこが面白い。


「演技だから、サービスでやってやるって言ってんの。」






こんなに困ったような顔をするならこのままからかうのも悪くない。


もうこのまま続けてイジメようか?


「もう終わりだって言ってんでしょ!さっさっと離れなさいよ!!」


アイツは俺の手を頬からはがしてはなれると、疲れたように息をつき、そしてより一層赤くなったような気がした。


「ふっ!」


コイツの行動はおかしくて笑える。


やっぱりイジメ甲斐があるな。


「な、何がおかしいのよ!アンタはまだまだよ!祈織お兄さんと勝負したら絶対負けるから。別にアンタの味方ってわけじゃないけど、勝負になんないからレクチャーしてあげる!」


いつも以上に早口で捲し立てると、鞄から漫画をドカリと出すアイツ。


「ちゃんと連様のことを勉強なさい!!まず第一巻!この一話のこのシーンはね、蓮様と花菜がこうやって出会って――」


なんだかベラベラとアイツが漫画を広げて語り出している。


水無月に負けるとかいう言葉は聞き捨てならなかったが、まあ聞いてやるとするか。


絶対この役、勝ちとらないとな――。





【祈織Side】


部屋にやさしい光が差し込む。


今日は久々のオフで、俺は自身のマンションのリビングでゆっくりと流れる時間を感じていた。


白い革のソファーに腰掛け、ブラックコーヒーをすするとカタンという音を響かせマグカップをガラスのテーブルに置く。


そして、眼鏡を押し上げて、次のドラマの台本に目を落とした。


……でも、なかなか頭に入らない。


嫌でも耳に入ってくるのは、少しずつオーディションに近づく時間を刻む秒針の音。


そう、あのオーディションはもう間近に迫っていた。


だから、何も手に付かないんだ……。





もう台本を読むことを諦めて、眼鏡を外し、前髪をかきあげた。


自然と出る深いため息とともに、ソファーに体を預ける。


目にうつるのは、空虚な白い天井――。


……俺って本当に大人気ないよな……。


実來ちゃんを困らせて……。


そんなこと絶対にしたくなかったのに……。


募り続ける後悔がまたため息になって出て、額に腕を乗せた。


始めは実來ちゃんを守りたいだけだった。


神崎君が現れて、また実來ちゃんが……辛い想いをしないようにって。


俺は、実來ちゃんの笑顔さえ守れれば、それでいいと……思ってた……。





でも、違ったんだ――。


神崎君の存在に俺は焦ってた。


それでついあんなこと……。


俺の気持ちはさっき言ったようなきれいなものじゃない。


本当の気持ちは、実來ちゃんのためとか言いつつ、たぶん自分勝手なものだったんだ――。


……だけど、そんな気持ちに気付けば気付くほど、実來ちゃんをとられたくないっていう気持ちが強くなる。


俺の方が実來ちゃんの近くにいたのに、神崎君にとられてしまう気がしたんだ。


たぶん、神崎君は実來ちゃんに本気だと思うから――。


なのに、俺はまだ実來ちゃんに想いを伝えてない……。





実來ちゃんの困った顔は見たくないけど、俺はこのままオーディションを受けて後悔しないだろうか……?

想いを伝えずに……。


俺はおもむろにテーブルに置いてある白いケータイを手に取った。


やっぱり俺には実來ちゃんを思いやれるほどの余裕はないみたいだ――。


後悔はしたくない。


ケータイを開きアドレス帳からすぐに実來ちゃんの名前を見つけだした。


実來ちゃんになら目を瞑ったってかけられると思う。


俺はボタンの上で躊躇する指に力をこめ、ついに電話を掛けた。


……出て……くれるかな……?





何度目のコールだろう?


まだそんなに鳴ってないのかもしれないけど、すごく長く感じる……。


そんな感情ばかりが押しよせるなか、急に機械音が愛おしい声にかわった。


「……はい、もしもし。……どうしたんですか……祈織お兄さん……?」


でも、嬉しくなったのも束の間で、聞いたこともない実來ちゃんのぎこちない喋り方が胸を突き刺す。


あんなことの後だから、こうなって当たり前だよな……。

でも、わかっていてもさみしいな……。


「あ、いや、ちょっと話したいことがあるんだ。今から会えないかな?今どこにいるの?」


俺は見えないのに笑みを作りながら、実來ちゃんの知っている俺を演じようとする。

ただ勇気がないだけなんだけど……。


少しに沈黙の後に実來ちゃんの声がまた聞こえてきた。


「……駅前のマックにいますけど……。」

「じゃあ、今から行くね。」


俺はそのまま電話を切った。


ちゃんと想いを伝えよう。


想いなら神崎君には負けないはずだ――。





運転していると、店の前に立つカーキ色のモッズコートにムートンブーツをはいた実來ちゃんの姿がすぐに目に映った。


隣にいつものお友達がいるみたいだけど、やっぱり何よりも誰よりも先に目に映るのは実來ちゃんだ。


一体いつからこんなふうになったんだろうな、俺は――。


つい苦笑いをもらしながら、実來ちゃん達の前に車をとめ、ハンチングをかぶって車から降りた。


「ごめんね、急に。お友達も一緒だったのに。」


俺はいつもみたいに笑って言うけど、実來ちゃんは笑顔すら浮かべてくれない。


「祈織さん、また会えて嬉しいです!ご一緒していいですか?」


すると、実來ちゃんの友達の玲ちゃんがニコニコと話しかけてきてくれた。


また実來ちゃんのこんな笑顔が見たいのに……。


「あぁ、ごめんね。今日は実來ちゃんと話したいことがあって……。」


玲ちゃんがしゅんとすると、絵麻ちゃんが俺の目を見た後、実來ちゃんを見てこう言った。


「実來ちゃん、私達は大丈夫だから行ってきて。」


「……あ、うん。」


こくりと頷いてくれた実來ちゃんを乗せて、俺は車を出した。