俺様アイドルとオタク女のキケンな関係



本当にアイツはガキだと思う。


さっきの理由の一つもさぁ。


だけど、こんなガキなアイツにも祈織お兄さんは誰に対しても同じ態度で接し、笑顔のままだ。


何でこんなに違うんだろ?


「俺もね、そのオーディション受けるんだ。お互い頑張ろう。」


祈織お兄さんは爽やかに微笑み手を差し出す。


祈織お兄さんもオーディション受けるんだぁ――。


と少し驚きながら見ていたのだけれど、アイツは握手をかえさない。


何やってんの!?


「水無月さんとはライバルですよね?慣れ合うつもりはありません。」


はぁぁぁぁ!?

祈織お兄さん相手にバッカじゃないの!!


「それより、賭けをしませんか?」





アイツの鋭い目がしっかりと祈織お兄さんをとらえながら言う。


アイツ、ついに壊れたかな?


ただでさえ、めんどーなヤツだっていうのに。


「賭けって?」


祈織お兄さんが聞き返すと、アイツは真顔でこう言った。


「何でも勝った方の言うことをきくんです。」


空気がピンと張り詰める。


アイツの低い声に凍らされたように――。


「うん、いいよ。」


あたしがそんな空気で何も言いだせない中、祈織お兄さんはあっさりと快諾する。


……何、これ……?


「じゃあ、俺が勝ったら、コイツから離れてもらえます?俺のオモチャなのに、水無月さん邪魔なんですよ。」





え……?


コイツってあたし?


「ちょっとアンタ何言ってるかわかってんの!?!?祈織お兄さんよっ!!!!何勝手に決めてるわけ!?あたしと祈織お兄さんのことはアンタには関係ないでしょ!!」


あたしは思いきりアイツの肩を右手で突き飛ばした。


何でアイツがそんなこと賭ける必要があんのよ!?

ふざけないで!!


「お前こそ関係ないんだよ。これは俺と水無月さんとの勝負だ。引っこんでろ!」


アイツは今までに聞いたこともない底冷えするような低い声と、暗闇で輝く刃物のように鋭い瞳を向けてくる。


あたしは、そんな威圧的なアイツに黙っているしかなかった。


「じゃあ、俺も。俺が勝ったら、もう実來ちゃんにかかわらないでくれる?」


するとその時、この張り詰めた空気を切り裂くような冷たい声がした。


――これが祈織お兄さんの声なの……?

あたしにはその声も言葉もとても信じられなかった。


「いいですよ。まあ、負けませんけど。」


ニヤリと笑うアイツと祈織お兄さんの鋭い視線がぶつかる。


あたしはそれをただ見ていることしかできなかった……。





【拓真Side】


頬に触れるひんやりとした感触、……左の足首の辺りに感じる衝撃……。


一体何だってんだ――?


眠い目をなんとか薄く開け、はっきりしない視界と思考で状況を確認する。


耐えることなく続く、いやより一層増す足首の痛みと衝撃に、イライラは増すばかり。


人が気持ち良く寝てるときに何してくれてんだよ……。


こうやって起こされることほど腹が立つことはない。


俺にこんなことするヤツはシメてくれる――!!


そして、机に突っ伏した体を少し起こし、左側を眩しい室内に目を細めながら睨んだ。





睨んだ先には席に座った不細工な顔をしたアイツがいた。


……犯人はバカオタミクか。


ホント、コイツはいつもいつも俺を!


「――おい!――おい!」


……はぁ?


アイツのコソコソとしているが喧しい声を出しながら、顎で前方を指し俺に指図していた。


腹立たしかったが、顔をしかめながら体を起こす。


「山田ー。山田太郎ー!」


えっ!?

ハラダシが俺を呼んでるっ!?


「あっ、はい!!」


俺は反射的に立ち上がった。


「寝てたんじゃないだろうなぁ?他の授業では寝ても、俺の楽しい授業で寝るなよ〜、ワッハッハ!じゃあ、早くそのページ読め〜。」


あぁ、やばかった〜。





―――――――
――――


いつもの調理室に俺の重いため息が広がっていく。


……俺としたことが、アイツに借りを作ってしまった……。


はぁ〜……。


どんなに疲れていても授業中に寝たことないのに。


昨日遅くまで漫画読みすぎたか……。


――あぁ、昨日といえば、水無月祈織と賭けをしたんだった。


何であんなこと言ったんだろうな、俺は?


ずっと演じてきたのが水の泡だ。


水無月もマジで受けてたし……。


この間も少し感じたが、アイツのことになると、水無月のあの笑顔が消えている。


もしかしたらアイツのこと好きなのか――?





あぁっ!!


俺は頭をかき乱した。


何くだらないことを考えてんだよ!

俺はただ、水無月祈織にそばをうろつかれなければいいだけだろうが!


俺は肩の力を抜いて気を取り直し、テーブルに置かれている鞄から漫画を取り出した。


そうだ、こんなことを考えてる場合じゃない。


今はオーディションに備えるだけだ――。


昨日もだいぶ読み進めたし、一之瀬蓮というキャラが俺の中でもだんだんとつかめてきた。


まあ、いわゆる王子様キャラで、顔は俺に似ているかもしれない。

まあ、俺のほうがかっこいいに決まってるけど。


すると、漫画に視線を落としていたら、戸の辺りで小さな音がした。





戸からにょきりとはえるアイツの首。

さっさと入ってくればいいものを。


昨日のことといい、今日のことといい、この俺が何故か気まずい。


だが、そんな一面を見せたらアイツに弱みを握られる。


そんなことあってはならない!


「おい、何やってたんだ?遅いぞ。」


「偉そうに!もう買いに行ってきたのっ!」


さっき入るのを渋っていたのが嘘のようにズカズカと入ってくると、俺の前に袋を叩きつけた。


どうしたんだよ、コイツ。初めてだ。


「今日はヤリでも降るんじゃないか?」


俺が嫌味っぽく言ってもアイツは何も言い返さず、俺の席との距離を作って隣の椅子に座った。


「昨日の、何なの?」





何の抑揚もない冷めた言葉が俺の鼓膜を震わせる。


頬杖をついて目も合わせないアイツと、妙な沈黙……。


やっぱりきたか、この質問――。


「……水無月祈織は、目障りなんだよ。プライベートでまで顔見たくねーの。」


「アンタ、本当にガキね……。」


呆れかえったように目を瞑りながら、この俺をバカにするアイツ。


言い返したいけど、言ったところで更にガキ扱いされるだけだ。


俺はぐっと堪えて、漫画片手に袋からパンを出す。


「ちょっとやめてよ!食べながら読んだら、わたプリ汚れるじゃん!」


俺の手から素早く漫画を抜き取ると、それはそれは大事そうに抱きかかえた。