俺様アイドルとオタク女のキケンな関係



怖いよ……。


意地悪だけど、ここまで最低なヤツだとは思わなかった……。


その時、目尻に涙がたまった気がした。


すると、するりと衣服の擦れる音がして、手首に加わっていた強い力が感じられなくなった。


へ?


固くつむっていた瞼をゆっくりと開ければ、目の前に広がっていたのはアイツじゃなくて等間隔で蛍光灯が取り付けられた天井。


……ん?どういうこと……?


あたしはイマイチ状況が飲み込めないまま、力なくテーブルからすとんと降り床に足をつけた。


そして目に映ったのは、何事もなかったように床からブレザーを拾い、だるそうにはたいているアイツの姿だった。


……さっき、あたしは、確かにアイツに……。


あまりのショックで頭は空っぽで、頭がぽーっとしてる。


「おい、どうした?」


「は……?」





いや、聞きたいのはこっちの方ですが……。


さっきのは何??


「あぁ、期待してたのか。この俺がお前なんかを襲うわけないだろ。」


小馬鹿にしたように笑いながらとんでもないことを言うアイツ。


カッチーン!!


神様、コイツ殺していいですか?


いいですよね!


例え、あたしが地獄に落ちることになったとしても、この最低男を好き勝手に生かしちゃおけないっつーの!!!!


「アンタねぇ……。アンタみたいな男がいるからこのリアルの男は腐っとんじゃい!!この最低変態男!!地獄に落ちろ!!」


だから、リアルの男は大っ嫌いなんだよ!!!!


所詮、あの時の男とみんな同じだ、コイツだって。


あたしは右の拳に全ての怒りと憎しみを込め殴りかかった。





パシッ!


「ホント、お前って面倒くさい。いいからさっさとパン買ってこい。」


アイツは前みたいにいとも簡単に片手であたしの拳を受け止める。


余裕な顔しやがって、ムカつくー!


あたしは思わず唇を強く強く噛み締めた。


「わかったら、とっとと行ってこい。」


切れ長の目であたしを涼しげに見ながら上から目線で命令してくる。


ホント、腹たつ!!

契約はしたけど、ストライキだ!


「イヤだ。絶対行かない!まずその態度なおすことね!!」


あたしはビシッと言って、駆け足でその場を去る。


ったく、態度改めろ、最低男!

あたしは走りながら悪態をついた。


あっ、お弁当置いてきちゃったぁ。


しょうがないかぁ、お昼抜きだね……。





【拓真Side】


「俺、ユキのこと好きだったんだよなぁ。」


俺はベンチに座って伸びをしながらさみしく笑って言った。


「ごめん……。私、先輩のこと……」


隣に座るユキの顔は長い栗色の髪で隠れていて見えない。


「そんなハッキリ言われるといくら幼馴染の俺でも傷つくんだけどな……。そのぐらい俺だって知ってたよ、あはは。」


俺は力なく笑って、涙を堪えるように上を向く。


ユキが先輩のことを好きだっていうことぐらいわかってた……。


それでも想いを伝えたのは、ユキのことが愛おしくてしょうがなかったから……。


「……ごめんね……。」


“ごめんね”の言葉がこんなにも心を傷つけるなんて知らなくて、俺は必死に涙を堪える。


「ユキが謝ることないだろ?……俺たちはいつまでも変わらず幼馴染だ。応援してるからな。」


俺に出来るのはもうそれぐらいだ……。


……今まで通り笑顔で応援するだけ。





カッート!!


「2人ともいい演技だったよ!OK!切なさが出ててホントよかった!」


ちょっと小太りな監督がメガホンをポンポン叩いて、上機嫌そうに声をかけてくる。


「「ありがとうございます。」」


俺とヒロインのユキ役をつとめる幸田恵理は監督に頭を下げた。


「じゃあ、休憩入ろう!」


その合図で俺は椅子へと向かう。



あぁ、あんな演技やだ。


演技しててムカムカする!


女に好きなヤツがいるから諦める?

好きな女の恋の応援をするぅ?


ありえねーだろ。


演技だからやったけど俺には一生理解できない感情だ。





この物語の中のユキって女がそんなにいい女には思えないが、好きなのにそこで身を引くのは男らしくないだろ。


本当に好きなら、自分のものにするだけだ――。



はぁ~あ、俺何やってんだろ?


俺は空を見上げた。


今日は公園でのロケで、上を向けば白い雲がぷかぷかと浮かぶ空が広がっている。


物語のただのキャラクターにイライラしたりして、くだらないよな。


役に入り込んで感情移入したとしても、イライラするところじゃない……。


すると、そんなイライラを冷やすように、ひゅうと吹いた秋風が頬を刺した。


なんか最近調子おかしいよな……。


俺は深く息を吐き出しながら、体を前かがみにし、額に手をついた。


そしてどうも目に入ってしまうのは主演俳優である水無月祈織。


衣装である白いブレザーに身を包んだ水無月祈織は、なんだか一人違う雰囲気を放っているように見えた。





……やっぱり嫌いだ。


俺がそう思っていると、水無月祈織は毎度の爽やかスマイルでどこか遠くの方に手を振り始めた。


……ん?


手を振る先に何があるのかと、別に水無月祈織に興味があるわけじゃないが、目を細めて遠くを見てみた。


なんだかキャピキャピと騒がしい声が聞こえる。


周りにはロケのことを聞きつけたギャラリーが少しはいるが、その声はどうやらそこからではないようだ。


するとこっちに向かって駆けてくる3人の女が見えてきた。


キャーキャーうるさいソイツらは水無月祈織の元へ。


水無月が呼んだのか、あの女達を。


主演俳優様は、仕事場に女を呼んだりなんかして随分余裕だな。


俺は呆れてフンと鼻を鳴らし台本を手に取る。


「神崎君ー、ちょっといいかい?」


はぁ!?水無月祈織が何の用だよ!?





俺っ!?


目を丸くして水無月祈織の方に向けば遠くでにこやかに俺を手招きしている。


「あっ、はい。」


俺はしたくもない返事をして、小さく舌打ちをした。


何で俺を呼ぶ必要がある?


重い腰をあげ、渋々と水無月祈織の元へ向かう。


どうせただうるさく騒ぐだけの女たちだろ?


まったく面倒臭いのを連れて来てくれたもんだ。


「何ですか、水無月さん?」


俺はあくまで爽やかに問いかけ、水無月祈織の客であろう女たちに営業スマイルを振りまこうとした。


「あっ……。」


アイツ……!


オタミク!!





思わず声が漏れる。


水無月祈織がアイツをよんだのか……?


いつものようにポニーテールにしたアイツは、俺と目が合うとプイっと顔をそむけた。


……何なんだよ、あれは!!

この神崎拓真に対して!!


「悪いね、神崎君。休憩中に。さっき俺が見学に誘ったんだ。そうしたら、こちらの高橋さんが神崎君の大ファンなんだって。」


水無月祈織は少し申し訳なさそうに苦笑すると、アイツを含める3人の中から高橋という女を紹介してきた。


化粧の濃い、明るい色の巻き髪の女。


……よく見たら、アイツとよく一緒にいるヤツか。


もう一人の大人しそうなツインテールも、いつもの天然そうなおっとりした女だ。


「あ、あの、わ、私、高橋玲っていいます!わ、私、か、神崎さんの大ファンなんです!!」


分厚い睫毛をバタつかせ、キラキラとした熱い視線を向けてくる派手な女。


クラスメートだなんて気付きもしないんだろうな。