俺様アイドルとオタク女のキケンな関係



まさか、また会えるなんて思ってなかったよ――。


胸に驚きと嬉しさが込み上げて、思わず顔がほころぶ。


「みっみっ水無月いいい祈織ぃ!?」


鼓膜に高い叫び声が鳴り響き、あたしはふと我に返る。


声の主の玲を見れば、目が飛び出しちゃうんじゃないかと思うくらいに目を見開き、震える指先で祈織お兄さんを指差していた。


「祈織と一緒にいるとすぐこうなるんだよなぁ。」


お兄ちゃんは悔しそうに頭を掻いている。


「しょうがない、紹介するよ。コイツは俺とタメで大学2年のダチであり、俳優の水無月祈織。」





「初めまして。よろしくね。」


お兄ちゃんとは違い爽やかさ漂う祈織お兄さんの挨拶。


「まったく、高校の時は同じモデル仲間だったのによ。今や人気主演俳優。やんなっちゃうよなぁ〜。」


「俺なんかまだまだだって。」


うなだれるお兄ちゃんを祈織お兄さんは優しく慰めようとしている。


「彰さんと祈織さんお二人が目の前にいるなんて、夢みたいです――!」


「実來ちゃんの周りの人達ってみんなすごいね。」


玲は興奮さめあらぬ感じだし、エマちんは感心した様子だった。


2人とも反応違って面白いな。


あたしも祈織お兄さんに会えたのはすごく嬉しいもんなぁ。





「実來ちゃん、見ないうちになんだか大人っぽくなったね。」


気付くと祈織お兄さんが前に立っていて、普段誰にも言われないような言葉を言ってくれた。


「そ、そんなことないですよ……。」


慣れない言葉がくすぐったくて、
でも嬉しくて、
顔が火照っていくのがわかる。


「祈織お兄さん、有名になっちゃったから、もう会えないと思ってました。」


「だから、俺はそんなんじゃないって。」


はにかむ祈織お兄さんは、やっぱり昔と何一つ変わらず、有名になっても、こんなにかっこよくても、飾った言葉なんて口にしない。



――そう、あたしにとって、祈織お兄さんは特別な人なの。


この三次元の世界で唯一、素敵だって思える男の人なんだ――。





【拓真Side】


「カッートッ!!」


撮影現場に響く声。


「OKだよー。じゃあ、休憩!」


俺はOKが出ると深く息を吐き出した。


「お疲れ様ー。いい演技でしたよ。あっ、お茶どうぞ。」


「ありがとうございます。でも、演技はまだ未熟ですよ。」


俺はスタッフの人からお茶の入った紙コップをもらいながら、爽やかな神崎拓真を演じて言葉を返す。


俺は声をかけてくる人たちに愛想よく言葉を返すと、椅子の上に置いてある台本を手に取り腰かけた。


ちなみに今撮影してるのは、学園モノのドラマだ。


そんなわけで今は衣装である白いブレザーの制服を着ている。





はぁ~、ホントに最近忙しい……。


俺は深く椅子にもたれ込み、目をつむり、目頭に手をやった。


歌にドラマに、雑誌の取材、色々仕事が立て込み、疲労が蓄積されていってる。


だが、この休憩時間、休んで無駄にするわけにはいかないんだ。


演技についてはまだまだ初心者で学ぶべきことが山積み。


……どんなに大変だって、頑張らなきゃならない。


………だって俺は“山田太郎”を捨てて、“神崎拓真”になったのだから……。


そう、捨ててきたんだ――。


俺は体を起こし台本に目を落とした。


主役のセリフが目に入る。


俺はまだ脇役だからな。


それにしても今回の主役のやつは気に入らない……。





視線を前方に移すと、随分愛想よく共演者やスッタフと喋ったり、お茶を配ったりと気遣いしているやつが目に入った。


あれがこのドラマの主演。


現在注目されている人気若手俳優、水無月祈織だ。


随分余裕だよな。


好感度あげたいんだか何だか知んねーけど、俺は好きじゃない。


そりゃ俺だって“神崎拓真”を演じてるけど、
あそこまでする気にはなれないし、
あの無駄な爽やかさは何なんだよ?


そんな姿に少しイラッとする。


あんなやつ、すぐに追い抜いてやる。


そうして、俺はまた台本を読み込み始めた。


「神崎君は熱心だね。」





上から降ってきた声に顔を上げれば、いつもの爽やかスマイルの水無月祈織がいた。


俺には、この笑顔が嫌味にしか見えねー。


「いえ、俺なんかまだ未熟で。」


でも、ここは先輩をたてる後輩を演じなければならない。


俺は苦笑いをしつつ、そうこたえた。


「いや、神崎君はすごいよ。デビューしてまだそんなに経っていないのに。本当にすごいと思うよ。」


水無月祈織は俺の隣の席に腰掛けながら感心したように言う。


結局俺のこと下に見てんだな。


先輩面してるとこも、
この嫌に爽やかなとこも、
全部嫌いだ。





だけど、俺は心にもない言葉を言うんだ。


「水無月さんこそすごいじゃないですか。何本も主演されてるし、演技もうまくて。尊敬します。」


あぁ、こんな言葉言うのは吐き気がする。


別に水無月祈織のことなんか尊敬してねーし。


「俺、まだそんな俳優じゃないよ。でも、嬉しいな、はは。」


照れ臭そうに笑う水無月祈織にため息を吐きそうになる。


「水無月君ちょっといいかい?」

「あっ、はい!じゃあ、神崎君失礼するね。」


スタッフに呼ばれ去っていく水無月祈織。


絶対、水無月祈織より上にいってやる。


近いうちにな――。





―――――――
――――


あぁ、だりぃ……。


やっと放課後になり、俺はだるい足を前へ前へ動かす。


この後も仕事だし、もう池田さんが待っているだろう。


それにしても、このうざったいカツラ、首を締め付ける第一ボタンまで締められたYシャツ、もううっとうしくてしょうがねーな。


仕事で何日か休んでたから、余計にこの変装が疲れる。


帰宅する生徒達の群れの中からは、「カラオケ行こーぜ!」、「ケーキ食べに行こ!」なーんて聞こえてくる。


……呑気なもんだよな。


アイツもそうだよな。