「どういうことです?」
「大天狗とは約束があったんだ。さらわれた者を必ず助ける。それまで町には攻め入るなと誓った」
恭子と大天狗は両方何千年と大きな時を生きてきた大妖怪であり、それぞれのつながりも古くからある。
大天狗は恭子だからこそその約束をのんで、町には攻め入ることがなかった。
しかし、大天狗は攻め入りを決めた。
「私はそれを破って前線を退いてしまった。それは奴にとっては大きな裏切りで、もう町に攻め入らない義理などなくなった」
だから攻め入りを決めた。
そう恭子は言った。だが、それが秀明にとっては不思議でならないのだ。なぜ彼女は約束を破り、前線を退いたのか。
彼女は何もなく誓ったことを破ることはないはずだ。
「……冬矢に継がせたのは、なぜです?」
率直な言葉でそれを聞いた。
「冬矢が……あの子がそれを望んだからだ」
その問いに関しては、恭子は俯くことも目を泳がせることもなかった。
はっきりとした声口調で答える。
「あの子は、言った。……『町妖怪も、山妖怪も、すべて等しく守りたい』。『山妖怪との長い因縁に決着をつけるために和平を結ぶべきだ』。次から次へと、あの子は夢を、目標を語りだした」
穏やかな声色。冬矢を引き取り育ててきた母でもある恭子の言葉。
「最後にこう言った。『そのためには力がほしい。町妖怪を率いる力がほしい』百鬼を継ぎたいと頼まれたんだ」
恭子の顔はどこかやさしく、穏やかで、美しいと思った。
「だから……その時、どうでもよくなってしまった……。あの子に継がせてやりたい。ただそれだけで、冬矢に継がせたんだ」
冬矢の意思を反対することができなかった。妖怪は子煩悩が多い。恭子もまた例外ではなかったようだ。
「この事は冬矢には言ってない。言えなかったんだ。……秀明、あの子の夢には敵が多すぎる。だから……」
懇願する目。次の言葉は予想をするまでもなかった。
「守りますよ。あいつはたった一人の可愛い弟ですからね。可愛い弟の可愛い夢くらいは叶えさせてやりたいですから」
「すまない。……ありがとう」
恭子と秀明の話は終わった。
その頃にはすでに宴は終わりを迎え始めていた。