「あの妖怪は狂気です。町妖怪を憎み過ぎている。何があったかは知りませんが、もう攻め入りが確定しているようです」
攻め入り確定。
その知らせを聞き、恭子は驚愕した。予想以上の報告だった。
「まさか……そこまで……」
「あそこまで恨む理由とはなんですか? アレは狂っている」
天狗の憎しみは秀明にとっては異常に思えてならない。いくら町妖怪は虐げられているとしても、憎むような理由はないはずだ。
だが恨んでいる。なにか特別な理由があるはず。恭子は秀明から目をそらした。人の目を見て、まっすぐに物を言えない。
「山姥と……同じだ」
「山姥と?」
やはり恭子は知っていた。
山姥は一年ほど前にここ阿弥樫町で凶悪事件を起こし、町中を恐怖に陥れた妖怪。
冬矢をひどく憎み、殺す以上の絶望を与えることに固執して陽をさらい、目の前で殺そうとした。それが秀明の逆鱗に触れて、逆に瀕死の状況にまで追い詰められ、最後には何者かに毒羽根によって殺された。
そんな彼女の憎しみの理由は、復讐だった。
息子を冬矢の父である陰陽師・花宮白郎に殺された。同じ妖怪でありながら仇の息子。
それが余計に山姥の憎しみを助長させた。
ならば大天狗の憎しみの理由は復讐ということになる。
「あいつは大切な者を町妖怪にさらわれた。ずっと、九百年以上も離れ離れ。だから憎んでいる」
恭子はぽつりぽつりと語る。
「そのさらわれた大切な者はどうしました? 町妖怪の事なら、恭子さんは熟知しているでしょう」
「……さらった妖怪は私が見つけて消した。道を外れ好きに暴れまわる外道妖怪であったから。……さらわれた者は……わからない」
声のトーンが小さくなる。
恭子はこれ以上の詮索を拒絶するように、次の言葉を発した。
「大天狗が攻め入りを判断したのは私が原因だ」