「今は勉強のほうが大事だろ?」
宏治が,まるで妹を諭す優しい兄のような口調で言った。
とある日の金曜。東階段で話している最中に,私が宏治とあまり一緒にいられないことへの不満をもらした時のことだ。
「わかってる…もん」
小さな声でため息まじりに言うと,宏治が笑いながら私の髪をくしゃっと撫でた。
「ったく,彩夏は。そんな可愛く言うなよ…。離したくなくなるっつの」
ああ,もうっ!
ポーカーフェイスは大の苦手だ。
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
けれどもその時はずっとずっと宏治と居たくて…甘えていたかった。
「こーじ?」
宏治は,こんな風に"こーじ"と伸ばすように名前を呼ばれるのに弱い。
それを知っていたから,私はわざと"こうじ"の"う"を発音せずに名前を呼んだ。
「なっ…んだよ」
ほら,やっぱり弱い。
その時だけは,年下らしい。
「キス,して?」