今度は宏治が私の髪に顔をうずめて名前を呼んだ。
「ねえ,彩夏?」
答える代わりにわずかに顔を上げて,宏治のまっすぐで綺麗な瞳をのぞきこむ。
「俺と…付き合ってください。」
それは,唐突な告白だったけれど―私はなんだか,こんな瞬間がくることを知っていたような気がした。

私はそっと宏治から体を離して少し背伸びをすると,宏治と顔の高さを合わせた。
同じ高さに,宏治の顔が―瞳がある。愛しさが,こみあげてきた。
「彩夏は,宏治が好きでいてくれる限りはずっとそばにいるから。だから宏治も…離れないでね?」
宏治はおかしそうに笑った。普段大人びている宏治がたまに見せる,年下らしい表情。
けれどもすぐに,またいつもの大人びた,落ち着いた顔に戻る。
宏治は私を再び胸に引き寄せると,言った。
「離れない…ていうか,離さねえよ―そばにいるから,そばにいて?」

そして私は,生まれて初めてキスをした。
それを見ていたのは,空にかかる満月,夜空に散りばめられた無数の星,そしてその両方を水面に映してかすかに輝く冬の川だけだった。