私は驚いたのとどうすれば良いかわからないのとでしばらく動けないでいた。
その間も電話は鳴り続け,コール音がやけに耳に響く。
私は取るのをためらった。電話を取るのが,なんだか怖かった。
しかし,この電話の向こうで携帯を握りしめた宏治が,1秒1秒をどんな気持ちで過ごしているのだろう,という思いがふと頭に浮かんだ。
ゆっくりと通話ボタンを押す。
「もしもし…?」
声が微かに震えた。
「…良かった。もう電話にも出てくれないかと思った。」
大好きな宏治の声。
「今から会えねえ?…あ,でももう8時だし彩夏は受験生だから無理なら別に大丈夫だから」
宏治は急いで最後の言葉を付け足した。
私は思わず微笑んだ。私を気遣う宏治の優しさが嬉しかったから…。
「大丈夫。会えるよ。」
私は答えた。