私は涙をぬぐって息をつくと,まっすぐに宏治の顔を─愛しい人の顔を見つめた。
けれども宏治は顔を背けていた。そしてその頬を伝って,涙がひと筋―ほんのひと筋だけ―流れ落ちたのが見えた。
宏治…大好き―…。
口になんて出せなくて,胸の中でそう言った。その言葉は,澄みきった朝の空気のように綺麗で,海の泡のようにはかなくて…。
「宏治がいたから,この半年間の彩夏の記憶はキレイな色してるの。本当に本当に…ありがとう。」
私は小さな震える声で,そう締めくくった。
また涙を拭いて,宏治の袖を少し引っ張る。
「これだけ,言いたかったの。わざわざごめんね?」
一息おいて,私は濡れた目で宏治を見つめて微笑んだ。
「…ばいばい。」
別の意味での別れも込めて,そう言った。
宏治も,そのきれいな顔に優しい笑みを浮かべてうなずいた。
「おう。…気をつけて帰れよ。」
私はまた溢れてきた涙を隠すためにうつむきながらわずかにうなずくと,宏治をその場に残して家路についた。