情けないことに,指が震えた。私は最後に一度,手の中で着信ランプを光らせながら鳴り響く電話を暗い目で見つめると,そっと通話ボタンを押した。
「もしもし…?」
「彩夏?どこにいるんだよー。まあどうせ,方向音痴な彩夏のことだから変な場所にいんだろ?」
笑いながらそう言う宏治。
私は胸が痛むのを感じた。
「うん…今ね,私…河原,にいるんだ。」
聞き返されずに済むように,"河原"という言葉を強調する。
一瞬の,沈黙。
突然,雪がひらりと私の目の前を横切った。
あ…雪―。
私が空を見上げると同時に,電話越しに宏治が素頓狂な声をあげた。
「はっ?何なに?よく聞こえんかった」
「ん…河原。川に,いるの」
再び沈黙が訪れることに耐えられなくて,私は手短に事の次第を説明した。