「もしもし,志甫?」
返事は,なかった。
「志甫?どうしたの?いたずらなら切るよ?」
向こうの角を曲がって,私が乗る予定のバスが来たのが見えた。
「…もうバスも来たし。」私はそう付け加えて志甫の返事をいらいらと待った。
「………彩夏。」
だしぬけに志甫の弱々しい声が携帯から聞こえてきて,私ははっとした。
「どした?」
得体の知れない嫌な予感にとらわれながら,おそるおそる聞き返す。
沈黙。
そして,次の瞬間私は自分の耳を疑った。
「雄平に…雄平にふられた…」
志甫が声をふるわせたので,泣いていることがわかった。
バスが私の前に止まり,ドアが開く。バスに乗った乗客たちがちらりと私を見た。
私は運転手に向かって大きく首を振り,声を出さずに告げた。
「乗りません。」

バスが走り去るのを唇を噛んで見送りながら,私は電話の向こうで泣く親友に尋ねた。
「今どこ?」
一瞬宏治の顔が頭をよぎったけれど,私は目をかたく閉じて余計な思いを振り払った。ごめん,宏治―…。
「…すぐ行くから待ってて。」