志甫は私の言葉ににっこりすると、川のほうを指さした。

「座らない?あそこ…ベンチがある」

柔らかな緑の芝に覆われた土手をくだってベンチに腰を下ろすと、途端に世界が変わった気がした。
祭りの喧騒は、土手に阻まれているのかずっと遠くからかすかに聞こえてくるだけ。

10メートルおきくらいに並んでいるベンチの列は、私と志甫が座っているところ以外はカップルに占領されていた。
いずれは太平洋に流れ込む雄大な川を前にして、キスをしたり―愛を確かめあっている。

そんなカップルたちを私は興味津々に眺めていたし、志甫は志甫で川面を見つめていた。
そんなわけで私たちの間に大した会話はなかったけど、それは心地よい沈黙だった。
気心の知れた相手同士でいると、沈黙すらも気持ちいい―ちょうど眠りに落ちる寸前のように。