私がちょうどそう思った時。

「俺もう行くわ」

不意に、宏治がぼそりと、しかしはっきりとそう言った。

その声は、私たちを気まずく包み込む沈黙を破り―
沈黙のみならず、私と宏治の仲にまで亀裂をつくるように響きわたった気がした。

宏治は歩き出し、足早に私の横を―すり抜けるように通り過ぎる。

行ってしまう。
宏治が、行ってしまう。

そう思った瞬間、私は自分でもよくわからないうちに、宏治のエナメルバッグの肩ひもをぎゅっと握りしめていた。

「ごめん、宏治!怒んないで…」

私を振り払うでもなく、反応するわけでもない宏治の背中に、声をかける。

「ただ…」

きつく、唇を噛みしめた。

「ただ…別れるのが淋しかったんだ」