どのくらいそうしていたのだろうか。
ガラスに映っている那佳の向こう、つまり那佳の後ろの白い壁が横に動いた。
静かな室内に響いたその音に肩を震わせた那佳は、振り返ることも出来ず、不安ばかりが襲う。
きっとそこが入口なのだろう。
開いた空間から、カツカツと靴の音が響き、室内に誰かが入ってきた。
その人物がガラスに映ると那佳は言葉を失い、感じていた不安も忘れ、魅入っていた。
白とも銀とも捉えることの出来る少し長く美しい髪は、歩みに合わせてさらりと流れた。
ガラス越しで絡んだ視線。
その瞳は赤く印象的だった。
呼吸さえも忘れてしまいそうな程に美しいその男は、那佳のすぐ後ろで足を止めた。
「アリア…」
「え?…っ!!」
「会いたかった…」
後ろから腕が回され、那佳の耳元に息がかかった。
ぎゅっと抱きしめられ、突然のことに動けなかった那佳は頭の中も真っ白だった。
「アリア…」
熱のある声で囁かれ、ぎゅっと力の篭る腕に我に返った那佳は一瞬で耳まで赤く染めた。
「な、何するの!?」
ドンッと力いっぱい男を突き飛ばした那佳は、十分な距離を置いて向き合った。
その男は2、3歩後退り、瞳を丸くして自身の手を見ていた。
「あ、ごめん!いきなり触れてしまって…」
「え、いえ…。」
小さく自嘲し、謝った男に、気が抜けたような返答しか出来ない那佳。
男は穏やかな微笑みを浮かべ、那佳を真っ直ぐに見た。
「僕はスカルラットフロマ。スカルでいいよ。」
「あ、はい…」
未だに混乱したままの那佳に、小さく笑うスカル。
「君の名前、教えてくれないかい?」
「那佳です。金沢那佳です。」
「そう。君は“ナカ”というのか…」
噛み締めるように名前を繰り返すスカルに、少し落ち着きを取り戻した那佳は口を開いた。
「あの!」
「何だい?」
にこりと微笑うスカルに那佳は1番疑問に思うことを聞こうとした。
しかし、バタバタと近付いてくる足音に、那佳はタイミングを失った。