葵の訴えは、皇太子の心を強く打ったようだ。
テーブルの向こうから身を乗り出して、皇太子は、がしっと葵の手を掴んだ。

「素晴らしい! その通りだ。男は大きくなけりゃならん。ああっやっぱり葵王殿は、しっかりしている。今回のことは、重ね重ね残念でならん。そなたのような弟が欲しい!」

「・・・・・・俺では不満ですか」

ぼそりと拗ねたように、横から夕星が呟く。
皇太子は葵の手を握ったまま、じろりと夕星を振り返った。

「お前は才能はあるが、私の手を焼きすぎだ。もっと大人しければ、何も不満はないのだがな! どこの世界に商人にまで身をやつして、各国を旅する皇子がいる」

「商人のほうが、動きやすいからですよ。それこそ皇子が各国をうろついていると、行く先々で迷惑をかけることになりますからね。俺が見たいのは、上流貴族の生活じゃない。そんないつでも見られるものよりも、商人にでもならないと見られない景色を見たいのです」

悪びれる風もなく言う夕星に、皇太子も慣れたもののようで、ふん、と鼻を鳴らした。

「それで探し求めた姫君に会えた途端、処刑されるなど、しゃれにもならん。確かに庶民になりすましたほうが、いろいろな面が見えるだろうがな。命の危険も増すということを、肝に銘じておくことだ。ま、昔からちょろちょろしておったお前には、それなりに窮地を脱する方法も、身についておろうがな」

そう言って、皇太子は握った葵の手に、今一度ぐっと力を込めた。

「葵王殿の希望、きっと叶えよう。そうだ、ついてはしばらく、ククルカンに留学されるとどうか。アルファルド王もまだご健康だし、何年か我らの傍で各国の情勢を学ぶのも良かろう」

「本当ですか?」

葵の目が輝く。
ちょっと前までは、国を出るなんてこと、頭の片隅にもなかっただろうに、ククルカンの人間に会ってから、外にも興味を持ったようだ。