呆れたように言うわりに、皇太子はそれ以上は文句を言わなかった。
何としても宝剣がなければ、婚姻は認められないというわけではないらしい。

「葵王殿。此度のことは、本当に済まなかった。もしまた別口で見合いを希望するなら、いくらでも言ってくれ。できる限りのことはしよう」

詫びるように杯を目の高さに掲げる皇太子に、同じように杯を掲げた葵は、柔らかい笑みを浮かべた。

「とんでもない。どうかナスル姫様も、お幸せになりますよう」

葵は特に、何の気なしに言ったはずだが、途端に皇太子の顔が引き攣った。
その表情に、ますます朱夏は、ナスル姫の恋の行方が気になってしょうがない。

ちらりと夕星を窺うと、その視線に気づいた漆黒の瞳が朱夏を見た。
曖昧に微笑む。
夕星が結果を知っていても、やはりここでは言えない。
もどかしい、と思いながら、朱夏はデザートのフルーツタルトを口に放り込んだ。

「皇太子様。どうか僕を、ククルカン皇家の外交に加えてもらえませんか?」

いきなり葵が、皇太子に向かって頭を下げた。

「お願いします」

唐突な申し出に、皇太子は目を丸くして葵を見つめる。
アルファルド王も、驚いているようだ。

「葵王殿は、今でも立派な王子だと思うが?」

少し困惑気味に、皇太子が口を開く。
だが葵は、軽く首を振った。

「いえ、僕はまだ、何も知りません。国から出たことのないことが、どれほど小さいことか、最近身に染みてわかったのです。夕星殿も、知り合いの商人も、世界を股にかけています。そういう人は、やはり大きい。男はやはり、大きくありたい。まして僕は、父の跡を継いで、この国を背負う人間です。世界は、見ておくべきだと思うのです」