アシェンと呼ばれたのは、皇太子の横に座っている、彼の側近だ。
見た感じ、歳は皇太子よりも上のようだ。
それなりに整ってはいるが、いかにも堅物といった、厳めしい顔つきである。

アシェンはその厳めしい顔を朱夏に向け、心持ち口角を上げた。

「おお、こちらが。それがし、香々背男(かがせお)様の側近を務めております、アシェンと申します。夕星様のご婚約者となれば、香々背男様の妹君。以後、お見知りおきを」

無骨そのものの、見た目通り厳めしい挨拶に、朱夏はたじろいだ。
聞き慣れない言葉に、夕星の婚約者として扱われていることには気がいかず、慌てて頭を下げる。

「アルファルド王側近、炎駒が娘、朱夏と申します」

下げた頭の中で、皇太子は香々背男という名なのか、と初めて知る。
ということは、夕星と皇太子が、アルファルド式の名前ということだ。
一番上の姉上は、どうだか知らないが。
ククルカン皇帝は、属国にする随分昔から、アルファルドが気に入っていたようだ。

「アシェンも兄上も、気が早いですよ。朱夏はまだ、俺の婚約者ではない」

「そうだな。何せお前は、婚約の証の宝剣を、なくしおったからな」

さりげなく口を挟んだ夕星に、皇太子が鋭い突っ込みを入れる。
が、夕星は涼しい顔で、杯に入った果実酒を飲み干した。

「今日また捜してみたんですがね。やっぱり泉の中に落っことしたものは、見つけられませんね。でも、宝剣を落としたお陰で、朱夏に出会えたんですよ。俺があの森の綺麗な泉に惹かれて落ちなければ、あそこで時間を食うこともなかった。落とした宝剣を捜して時間を食っていなければ、朱夏ともすれ違って、会わなかったかもしれない。そう考えれば、宝剣の務めは果たしてくれたと思えましょう。引き合わせてくれたお礼に、泉に捧げてもいいのでは?」

「ふん。全く、物は言い様だな」