『人狼』=ジンロウ
狼男などとも言い、他にもワーウルフ、ウェアウルフ、ライカンスロープ、ルーガルー…など世界に知れ渡る
人と狼の間のような怪物であったり満月を見ると巨大な狼に変身するものであったり…その姿は様々
月の光を浴びると力が強くなり、銀の弾丸を撃ち込めば死ぬ…などといった話が数多くある。
――――こんなの
映画やファンタジー小説なんかでちょっと見た程度の…まともに信じてる人なんていないような、そんな話。
当然
あたしだって信じてなかった。
『……見つけた……。俺の……運命の花嫁……』
あなたに
出逢うまでは―――……
―夜色オオカミ―
(C)Chito Yano
運命の輪が廻る
直感を信じて……
己を信じて……
抗えない恋に堕ちる
この日はずいぶんとついてない1日だった。
お弁当を忘れて来ちゃって購買に行けばあんパンとジャムパンしか残ってないし、
苦手な数学の授業ではわかりもしないのにあてられちゃうし、
しかも今日は課題のプリントまで出ちゃって、数学の竹田センセはスッゴい厳しくて有名……。
絶対に忘れられない…なんて友達とも話しながら帰ってきたというのに
…あっさり忘れちゃって……あたしのバカ。
それも夕ごはん食べてお風呂に入って、さぁそろそろ眠くなる前に課題やっちゃうか…なんて思ったそんな時
ない、ない、ない!?
スクバの中も机の上もひっくり返して探したけど影も形もありやしない。
ばっちり学校の教室の机の中だ………。
ヤバイ。
外、暗いな。
でも、こいつを忘れる勇気あるやついないよね……?
あいにく両親は揃って仕事大好きな仕事人間。
今日も残業中で帰りは遅いに違いなく
もう遅いんだし、危ないからやめなさい…の一言を言ってくれる人は誰もいなかったわけで…
「マジ、ちょ~可愛くね?」
「俺らツイてるよな~」
「………っ!」
しっかり握ったプリントと
22時を少し回った時間、近道にある人通りのない公園。
早めにたむろしちゃってるヤンキー君達。
ピンチのあたし
天宮 祈咲(アマミヤ キサ)16歳。
――――あたし、マジでついてない。
どうしよう!!どうしよう…っ!?
相手は全部で…ごーろく…しち……はち………
8人もいるじゃないっ!?
どっからどう逃げるわけ!!?
街灯一個だけの暗い公園の中、ジリジリと後ずさるしかないあたしと
獲物を見て薄ら笑いを浮かべながらじわじわと近づいてくるヤンキー。
ギャハハ!!…なんて聞こえる耳障りな笑い声。
ウソだよね…?
あたし、
まだ…好きな人もいないんだよ…?
こんなことでバージンなくしちゃうの……?
下品な声に恐ろしい現実があたしの頭の中を恐怖でいっぱいにする。
本当に…なんてバカなんだろう……。
こんな時間に近道と言ってもこんな人通りのない公園を通ってしまうなんて。
ちゃんといつもの住宅街にある通学路を通るべきだったんだ。
どうして…何の迷いもなくこの公園を通ってしまったんだろう…。
そもそも、どうして大切なプリントを忘れちゃったんだろう…。
あれほど気をつけようと思ってたのに…
…やっぱりなんてついてない日。
ぽつんとある頼りない街灯の薄明かりのなか…あたしはただ立ち尽くした。
だけど、
――――これが廻り出した……“運命の序章”だったんだ。
身体がブルブルと小刻みに震えた。
握りしめたプリントはぐしゃぐしゃだ。
足が…地面に縫い付けられたみたいに逃げ出したくてもびくともしなかった。
「あれー?震えてる?」
「かぁわいい!」
そんな声に回りがドッと沸き立つ。
何がそんなに可笑しいの…?
嫌悪感が身体中を駆け巡った。
――――あたしの内には恐怖しかないのに。
怖い…
怖い…
怖い…
僅かな灯りしかない公園で、目の前の男達のニィ…とつり上がった口だけが無気味に浮かび上がって見えた。
ざっと血の気が引いたそんな時…
――――グル…
「……!」
下卑た笑い声に混じって…微かに別の音があたしの耳に届いた。
…今の……何……?
「…?今なにか言ったか?」
そう言って一人がきょろと辺りを見回した。
あの音が聞こえたのはあたしだけじゃない…?
だけど、そんな雑念が過ったのは一瞬だった。
「なんも聞こえねーよ!どっかで猫でも盛ってんだろ?」
「俺らも楽しもうぜ!」
「……!?」
そして
「…ほら、こっち来い……」
「……!!!」
闇の中から無数の手があたしに向かって伸びてくる。
「……っ!!!」
ヤダ…やだ…ヤだ……――!!!
腕を捕まれ、
恐怖にすくみ、
ぎゅっと目を閉じた。
――――瞬間
――――ドシャ……ッ!!!
「…!?」
地面に激しく倒れこんだような音と
「ぎゃあぁああ!!」
「マジやべーぞ……!」
「いいから逃げろ……っ!
ヒィィ!何だよ!?アレ!!?
ば…バケモノーーー!!!」
――――予想だにしなかった……ヤンキー君達の…叫び声が響き渡った。
恐る恐る……
硬く閉じていた目を開いてみる。
捕まれていた腕を震える手でさすった。
辺りはシン…と鎮まり返り、
さっきまでいたヤンキー達が誰一人として残っていなかったことにひとまず安堵した。
だけど
――――グルル……
「……!?」
――――あの音だ……!
瞬間的にそう確信した。
その低い“音”に、あたしの心臓ははね上がった。
バクバク忙しなく動く心臓を抑えたくて、思わず震える手でぎゅっと服の胸元を掴んでいた。
今の…なに……?
止まりかけていた震えがまたさっきよりもひどくなって戻ってくる。
そう言えば今さらだけど…
あの不良達を追い払ったのは……誰なの…?
『バケモノ』
そんな切羽詰まった叫び声が耳の奥に蘇る。
その時だった。
暗闇で恐怖にすくむあたしの視界がスー…と…開けた。
ふと……見上げれば、真っ暗な空にはぽっかりと浮かぶ美しい満月―――……
隠れていた月が雲の隙間から姿を現していた。
「…ぇ……っ!?」
満月を背にそこにたたずむのは……
「……」
夜の闇に月の光を浴びた
夜色に輝くあまりにも美しい
――――《獣》の姿だった。