――十夜――
「それほどまでに姫君が心配ですか?」
車に乗り込んで一言もしゃべらない俺に、橙伽が笑いを堪えるようにして聞いてくる。
俺は不機嫌にチッと舌打ちすると、バックミラー越しに橙伽を睨む。
「だったらもうちょっと都合つけやがれ……。」
文句を言っても橙伽は楽しそうに笑うばかりだ。
それがムカつく……。
だからムッと口を引き結んで黙った。
「姫君がよくご理解して下さっていると言うのに………。
若様は本当によく出来た花嫁と巡り合ったものです。」
「………。」
やる気のない俺に皮肉も込めて、祈咲を褒める。
祈咲を褒められれば俺はうまく怒れない。
俺の扱い方をよくわかっている男にため息が出た。
可愛い祈咲を心配なのはいつものこと……。
本当ならこの手に閉じ込めて離したくないくらいだ。
そう常に思っている俺だけど…今日は、どうも胸騒ぎがしてしょうがねぇ。
本当にただの思い過ごしならいいけどな……。
――――俺の力はそうはいかねぇんだ。
「橙伽、祈咲に紅と蒼を付けろ。」
「……!かしこまりました。」
「…………。」
とりあえず、めんどくせぇ用事はとっとと済ませるか……。
後部座席でシートに深くもたれながら、ざわめく胸をそっと押さえた。
「…厄介なことに巻き込まれんじゃねぇぞ……。」
祈る気持ちで
――――つぶやいた。