*   *   *

「遅い…!」
遥はイライラしていた。
「どうしても行きたい」と、人質である千夏がしつこかったため、トイレに行かせた。
逃げないと言った彼女を信じて待っていたが……

「いくらなんでも遅すぎる…!」
千夏がトイレに行ってから、かれこれ30分は経っていた。

やはり逃げたか…?
あんなにおちゃらけてはいたが、拉致されておいて平気な者はいない。怖くなって逃げ出しても不思議ではないはずだ。

“私は、あなたを裏切ったりしない”

信じたいと思ってはいる。だが、彼の記憶が、信じようとする気持ちを潰していく。
「くっそ…!」

遥が頭を抱えた時、バァンッと扉が開かれた。
「遥さん!ただいまです!」
「……戻って来た…」
千夏はあわてて遥のもとに駆け寄る。
「すいません!小便だけのつもりが大までしてきたくなっちゃって…。えへ、出してきちゃいました♪」
「出してきちゃったじゃねえ!何で戻ってきたんだ!?」
千夏の肩をつかみ、遥は怒鳴る。
「おお、びっくり!今度はそこにつっこむんですね!」
のんきなことを言う千夏に緊張感のかけらもない。

「お前…逃げるチャンスだったのに何で…」
「だって、逃げないって言ったじゃないですか。嘘はつきません」
そんな質問を投げ掛ける遥を不思議そうに見る千夏。

「……バカだろ、お前…」
遥は頭を掻いてしゃがみこむ。

疑ってしまった自分にむかつく。
こいつは…裏切らなかった。
信じてもいいのかもしれねえ。