犯人と被害者〜2日間のLove Story〜

光は交通事故に遭って死んだ。
学校から帰る途中に、信号を無視して飛び込んできた自動車にひかれた。しかもその自動車は、光をひいたことに気付いていながらも、そのまま逃げたのだ。
ひかれたあとも光は生きていたのに、すぐに適切な処置を受けられなかったために息を引き取った。

俺が急いで駆け付けた時には、光はすでに還らぬ人。
「光!!嘘だろ…目ェ開けろよ、光ッ!!!」
“ありがとう”も“ごめんな”も言ってない。ずっと支えてくれた光に、俺は何も恩返しをしてやれなかった。
悔しくて涙が止まらない。
それと同時に、寂しさが俺の心を支配した。

唯一、俺を必要としてくれた光はいなくなった。
もう、誰も俺のそばにいてくれない──…。


「何で…お前が泣くんだよ」
「だって…」
千夏は涙を流す。
「千夏が泣いたら、俺…泣けねーじゃん」
「ごめ…なさ、いっ…」
遥は、千夏を落ち着かせようと背中をさする。

最悪。遥さんの方がずっとつらいのに…私の悩みなんてずっと小さいのに…
「ごめんなさい…遥さんっ…」
そっと千夏の涙を指で拭う。
「泣くな、千夏。俺はもう平気だ」
「でもっ…」
遥は首にかけていたネックレスをはずし、千夏の首につけた。
「…?」
「親が光にあげた唯一のプレゼント。光は肌身離さずつけていた。これからは千夏に持っていてほしい」
月がモチーフとなっている素敵なネックレス。そんな物を受け取るのは気が引けるが、「もらってほしい」と遥に言われた。
「ありがとうございます…」
涙ながらに笑みを浮かべる千夏。

そんな彼女を抱き締めていた遥は、顔を歪ませながら口を開いた。
「ネックレスは光の形見。そして、今俺達がいるこの倉庫を出てすぐの交差点で、光は死んだ」
「!?」
遥の言葉に千夏は驚く。遥は一度千夏を離すと、彼女の瞳を見据えた。

「さっき話した俺の過去は、俺がお前をさらった本当の目的と関係している。お前にはもう隠したくない、最後まで聞いてくれ」
肩を掴んで必死に訴えかけてきた遥を見つめる。
私を信じてくれてる…。
遥の全てを受け入れると決めた千夏は、意を決して頷いた。

 *   *   *

「まだかかってきませんか?犯人からの電話」
警部が、すっかりやつれた千夏の母親に問う。「ええ…」と力ない声で母は答える。

「警部!」
そこへ、部下の一人が慌てた様子でやってきた。
「これが、旦那さんの部屋に…」
一枚のメモを渡す。
[千夏の居場所がわかりました。今から5000万を持ってそこへ行ってきます 父]
 *   *   *

「単刀直入に言う」
「はい…」
遥の真剣な瞳に吸い込まれそうになる。
どんな話であろうと、受け入れると決めたのだ。
千夏は臆することなく、同じように遥を見据えた。

「俺の妹、光をひいたのは──千夏、お前の父親だ」
「え…!?」
驚愕の事実をつきつけられ、千夏は頭が真っ白になる。
「どういうこと…?」
「俺は光を死なせた奴がどうしても許せなくて、徹底的にしらべてたんだ。その結果、有名な大学の教授を務めるお前の父親が犯人だという真実にたどりついた」
「じゃあ、私を拉致したのは…」
遥が、千夏が今まで見たことのないような憎しみに満ちた目をしている。

「身代金目的の拉致だと装い、父親だけをこの倉庫におびきだすため。それにはアイツが何よりも愛して止まない娘を利用するしかなかった。お前の父に復讐する……それが“千夏”を連れ去った本当の目的だ」
遥は偶然そこにいた千夏を連れ去ったのではなく、必然的に彼女を拉致した。
光の敵(カタキ)をとるため…そして、自分から光を奪ったひき逃げ犯に復讐をするため。

「詳しく…聞かせてください」
ぎゅっと遥の服をつかみ、千夏は言う。
まさか、あの父が人を殺していたとは信じられなかった。だが、遥は絶対に嘘はついていない。誰よりも嘘が嫌いな彼が、こんな偽りを並べる事は決してないはずだ。

「父であろうと、今まで遥さんを苦しめていたのなら許せません」
「千夏……」
遥は再び千夏を抱き寄せた。

中学生の遥は、事故現場に行って、車種が特定できるようなものは落ちていないか、何か手がかりになるようなものはないか、テレビで得た知識だけで捜査を開始した…。

だが、素人の調査で犯人を捜すことなど不可能に近い。その上、ぶつかった時に壊れた車の破片など証拠品になるであろう物は、犯人の手によって隠されてしまったようで、くまなく探しても見つからなかった。

そんなある日の夜……

遥が帰路についた時、おでんの屋台が目についた。
おでん屋には、2人のスーツの男性が座っている。1人は30代後半ぐらいの男性、もう1人は明らかに大学生ぐらいの若者だ。

「でさぁ〜、俺酔っ払ったまま運転しちまってよぉ〜。そしたらぁ交差点で信号無視して女の子はねちゃったわけぇ〜」
「本当ですか!?…ヒックッ」
どうやらべろんべろんに酔っているらしく、中年男性の方がこんなことを言い始めた。

「いや、はねたっていってもぉ…ちょっと当たっただけだぜぇ〜?…ック! なんかねぇ〜小学生ぐらいのくせに、大人みてーな月のネックレスつけてたな〜〜」
「悪いですね〜、原先生も〜!」
「俺とお前だけの秘密だぜぇ」
酒をつぎたしながら下品な笑い声を上げる2人。
おでん屋の主人がトイレに行っている間に、こんな会話を堂々とするなど大胆このうえない。誰に聞かれているかもわからないのに、真っ赤な顔で高らかに笑う。

始めから終わりまで、遥は会話をしっかりと聞いていた。
幼くして命を落とした光。遥にとって、光がどんな存在であったかも知らずに千夏の父親は笑っていた。

「おい、おっさん」
「は…?」
怒りをおさえながら、遥は父の前に現れた。
「何だね、君は?」
「浅井遥。…おっさん、俺はお前を許さねえ!」
「浅井遥…? ──!!」
遥の首もとを見て、父親は身を強ばらせた。
月のネックレス…。


「笑えるだろ、お前の父は自ら罪を証言したんだ。俺がいるとも知らずに…!」
「そんな…」
千夏の瞳に涙が溜まる。
実の父親は、惹かれはじめていた彼の妹を殺した。
そして自分は、彼の復讐のために利用された。いくら好きでも、遥にとって道具にすぎない。

「千夏」
名前を呼ばれ小さく返事をする。顔を上げると、そこには遥の柔らかな笑顔があった。
先ほどの怖い顔はしていない。
「俺が全部正直に話したのは、お前に隠したくなかったからって言ったろ。お前をだましてるような気がして嫌だったんだ」
「遥さん…」

「好きだよ、千夏」
「!!」
遥の突然の告白で、千夏の頬は紅潮する。
「千夏が好きだ」
遥の言葉が千夏の頭の中でリピートされる。聞き間違いではないかと思ってしまう。

だって自分は…遥と彼の妹を傷つけた犯人の娘…。罪人の血を引いている。
遥を好きでいると、彼を苦しめてしまうのではないだろうか。

でも、私も遥さんが大好き……。
「確かに、復讐のための道具としてお前を拉致した。でも、一緒に過ごすうちに好きになってた。光に似てるからじゃない、千夏だから好きなんだ」
「でも私は、あなたの妹を殺した犯人の娘……」
「そんなの関係ない、千夏は千夏だ。お前は俺のために泣いてくれた、俺に笑いかけてくれた。だから好きになった。それだけじゃダメか?」
優しく問う遥。千夏は首を横に振る。
「私も遥さんのことが大好きです…!!」

お互いを確かめ合うように強く、優しく抱き締めた。
「千夏…ごめんな…。こんなことに巻き込んで…」
「ううん…不謹慎だけど、私は遥さんと出会えて嬉しかったよ」
本当に嬉しいのか、千夏はあどけない笑顔を見せる。

「俺、あとで千夏の両親に電話して謝るよ。金は受け取らない、お前を家に送ってから自首する」
「私も、お父さんに自首してもらう」
「うん、ありがと」
笑い合い、手を強く握り締めた。

「出所したら…俺付き合ってください」
「はい…待ってます」

「そんな事は許さん!!」

「──!?」
突然倉庫内に響いた声が、2人の世界を壊した。
「お父さん!!」
声がした方を見ると、なんと千夏の父親が1人でそこに立っていたのだ。

「また会ったな、おっさん」
「娘を返してもらおうか、浅井遥」
眼鏡を光らせる千夏の父。だが遥は、彼が何も手にしていない事に気付いた。
「……金は?」
「そんなものは必要ない。お前はここで……死ぬんだ」
父は内ポケットから銃をだし、遥に向けた。
どこでそんな物騒な物を手に入れたのか。そんな疑問が千夏の中によぎる。
「光の次は俺を殺す気?」
「ふん…残念だったな。お前の行動は全てお見通しだ。千夏が拉致されたと聞いてからお前が犯人だということくらい見当はついていた。おとなしく千夏を返せ」
遥は両手を上げ、千夏に「行け」と言う。だが千夏はそれを断った。

「やだ。お父さんが自首してくれるまで、私家には帰りません!!」
「何!?」
千夏は遥にくっつく。
「お前…まさか千夏に話したのか」
「ああ、話したよ。あんたと違って隠し事は嫌いなんでね」
「お父さん、お願いだから自首して。してくれないなら…私が警察告発します。遥さんの妹さんをひき逃げし、その証拠も隠滅したって!」
「千夏…お前、この男を信じるのか!」
「信じます。少なくともあなたよりは、遥さんのほうがずっと信頼できます」
ゆるぎない千夏の思いが嬉しくて、遥は彼女を抱き寄せた。
たがそれを見た父は、狂ったように怒鳴り声を上げた。

「触るな!!美和の子供がどうなろうが、俺には関係ない!!俺の家族は千夏と美和だけだ!!」
「“美和”…?」
遥が“美和”という名に異様に反応した。
「千夏…お前の母親は“美和”っていうのか…?」
「そうだけど…それがどうかしたんですか…?」
遥の問いに、千夏は不思議そうな表情を浮かべて答えた。

「俺を捨てた母親も…“美和”だ」
「!!?」
もし、千夏の母“美和”と遥の母“美和”が同一人物だとすれば──。
「俺と千夏は兄妹…!?」
動揺を隠せない千夏と遥。
ひき逃げ犯の娘が遥のもう一人の妹。たった今お互いに好きだと伝え合った2人が兄妹…。

「お父さん…?」
「……」
嘘であってほしいという千夏の願いもむなしく、父は俯いた。
「美和と知り合ったのは8年前…、海辺で泣いていたところを俺が声をかけた」
8年前、遥の父が海で死んだ頃。泣いていたということは、亡くなってすぐ後の話だろう。
「美和には家庭があった。12歳の息子と7歳の娘。だが、俺達は愛し合ってしまった。そして出会ってから2年が経ち、千夏が産まれた」
6年前は、遥の母が遥と光を置いて出ていった頃。

「一緒に住むことを決めたが、俺は血の繋がってない子供を愛するなんてできない。美和が前に愛し合った相手との子供を育てる事なんてできなかった。
結局美和は、前の家庭を捨て俺と千夏を選んだ」
千夏はあまりにも急すぎる展開についていけず、腰を抜かしたのかその場に座り込む。
「い、意味わかんねえ…」
遥も頭を抱えた。

千夏の父は続けた。
「ある日俺は飲酒運転で少女をはねた。それが美和のもう一人の娘…浅井光だったと気付くのに時間はかからなかった。一度写真で見たことがあったんだ。2人の子供と、月のネックレス…」
写真…どうやら美和は、遥達の写真をずっと持っていたらしい。
「俺は怖かった…!美和に、俺が浅井光をはねたと知られたら、今の俺の幸せな生活は壊れる!美和の前の家庭など、どうでもよかった!だから逃げた!俺が犯人だとわかるものは全て消したんだ!」

そこまで聞いたところで、遥はガクンッと膝をつく。
「そんな…そんな偶然ってあるかよ…」
涙目で遥は千夏を見る。
「千夏…」
「遥さん…」
手を伸ばせば、千夏の父の叫びが空気を裂く。
「千夏に触るな!!おまえ達は同じ母の血を引く兄妹だ!!結ばれることは許されない!!」

再び父が銃を構えた時──。
「やめて、あなた!」
「!!」
引き金をひこうとした父を、制したのは千夏の母──美和。

そしてその声は、遥にとって懐かしいものだった。
「母さん…?」
「遥…!千夏…!」
美和は千夏、そして遥のもとに駆け寄り力いっぱい抱き締めた。
「美和…!お前いつの間に…」
「原恵介!!銃を置いて両手をあげなさい!!」
バタバタと警察が駆け込み、恵介──千夏の父に銃を向ける。
「8年前の少女ひき逃げ及び、証拠隠滅の容疑で逮捕する!!」
どうやら先程の恵介の自供は、全て筒抜けだったらしい。

手錠をかけられ、恵介は大勢の警察官に連行されていく。
「美和!!千夏!!俺は許さないぞ!!」
「私はあなたを許さないわ。大事な光をひき逃げしたあなたを」
美和に言い放たれた恵介は、相当ダメージを受けた様子。肩を落としてパトカーに乗り込んだ。