「いえ、礼からはなにも。あの時、礼がそう呼んでたから」

「そうなんだ?礼って、隠し事しないタイプだから。言ってると思ったんだけど…」

「言うほどのことじゃないって…ことなんじゃないですか?」

にっこり笑顔で答える。
よく感情的にならなかったと、自分のことを褒めてあげたい。

咄嗟に、だけど確実に、絶対むきになっちゃいけないと思った。
この人のペースにはまっちゃだめだって。

わざわざ“私達”と言ったり、礼のことを知ってる風に話したり。

もしかしてこの人は礼の昔の彼女だったんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎった。




「ちさーっ!」

このなんとも言えない、張りついた空気を壊す栞の明るい声。
心の中で安心してため息をついた。


「お友達来たみたいだね。じゃあ、ちーさん。また」

カツカツと大人っぽいピンヒールを鳴らして、颯爽と去ってゆく蘭さん。
やっぱり、きれいだ。
お気に入りだと思っていた、赤いバレエシューズがひどく子供っぽく思えて恥ずかしかった。



「ちさ、ごめんね!てか、誰?今の美人さん」

「…栞から見ても、今の人って美人?」

「うん、すっごい美人!だから、誰?!」

興奮気味に言う栞。
なんか、言い出しにくい。


「多分だけど…礼の元カノ」

あたしの言葉に衝撃を受ける栞。
ガーン!という擬音語が似合いすぎる。


「あ、あたしはちさの方が可愛いと思う!!」

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