時は平安、中頃のこと―――――。
うっそうとした森の中を籠を背負った女性が歩いていた。
籠の中には、一般的に山の幸と呼ばれる茸や山菜、木の実をはじめとした食材が入っている。
女性はしばらく目当てのものを探した後、―――――ふと顔を上げ、辺りを見渡した。
「あら…こんなところまで来てしまったのね。そろそろ私が部屋にいないことがばれる頃かしら」
くすくすっと楽しげにその女性は笑い、でも…、と続ける。
「今日はあのお方との記念日ですもの。自分で採ったもので、自分で料理したものでお祝いしたいわ。私がすべて自分でしたと申し上げたら、あのお方はどれほど驚きなさるかしら」
そうして微笑むその表情は、無邪気な子供のような、悪戯を企むような、そして、―――恋をする少女のような、幸せそうなもの。
それからまた女性はしばらく歩き、やがて少し開けた場所に立っていた大木の根元に籠を下ろして、自身も隣に腰を下ろした。
木々の合間から見上げた空は、雲一つなく、青く澄んでいる。
さぁ…、と彼女を撫でていった風は意思を持っているかのように優しかった。
「もう少ししたら、屋敷に戻らなくてはね。きっと叱られてしまうけれど、今日だけだもの。女房たちも許してくれるわ」
厳しくて、なにかとうるさい、でも本当は心配性で優しい自分の世話係たちを思いだし、口元をほころばせた彼女は、うん、とひとつ伸びをして立ち上がった。
すぐそばに置いていた籠を取ろうと手を伸ばす。
しかし彼女が籠を手に取ることは―――――叶わなかった。
彼女が取ろうとした籠は、彼女が触れる一瞬前にほかの手によってさらわれてしまう。
え?ときょとんとした表情で顔を上げると、籠は、いつの間にか目の前に立っていた男の手にあった。
そう、男。
――――――――――人間の。
その場に現れた男は一人ではなかった。
身なりはそこそこであり、狩りをしていた様子の彼らは、しかしその身ぎれいさを裏切るような気味の悪いニヤニヤとした笑みを一様に浮かべている。
彼女は、調子に乗って人里近くまで下りてきてしまった自分の浅はかさを呪った。
そして数刻後。
「いやあああああああああ!!!!」
女性の悲鳴が山中に響き渡った。