帰れなくなっちゃうのは困るもん。

…と、突然前を歩いていたお兄ちゃんが立ち止まる。


「…っ!ひゃうっ…!?」

「うわ…っ?」


周りを見ていた私はそれに気づかずに、お兄ちゃんに突っ込んでしまった。

お兄ちゃんの背中に思いっきり鼻をぶつける。


「うう~…っ」


は、鼻が痛い…。


「…ったく、大丈夫か?」


涙目で鼻を押さえていると、お兄ちゃんが苦笑しながら覗き込んできた。

鼻を押さえたままこくこくと頷くと、お兄ちゃんは私の頭をぽん、と撫でてメイドさんに向き直る。


「こっ、こちらの書斎に旦那様はいらっしゃいます」


心配そうに私を見ていたメイドさんは、お兄ちゃんの視線を受けてわたわたと慌てて彫刻がすごく綺麗な、大きな木製の扉を指した。

あぁ…、なんか、メイドさんにすごく申し訳ない。

鼻を押さえたままメイドさんに小さく頭を下げると、メイドさんは困ったような笑顔で首を横に振ってくれた。

優しい人なんだな…。


──コンコンッ


「旦那様、司様と早和様がいらっしゃいました」

「入りなさい」


メイドさんが扉をノックして声をかけると、中から数週間ぶりに聞く、おじいちゃんの声がした。

威厳のあるその声に、自然と背筋が伸びる。