差し出されたそれを、
瑞樹はためらうことなく
受け取って、
「サンキュー。
ありがたくもらっとく」
「ウン。
それじゃあ――ゴメンね、
帰ろうとしてたのに」
「イヤ、いいよ」
「ありがと。
――バイバイ、瑞樹。
元気でね――…」
「あぁ、バイバイ。
美冬も、元気で」
これが本当の、『バイバイ』。
1年前に恋人同士では
なくなってた二人だけれど。
_
今夜の『バイバイ』は……
そう、きっと、二人が次に
進むための別れだ。
楽しかったことも辛かった
ことも、情けない失敗も。
全部を大切な想い出として
しまって、新しい道を
進んでいくための。
「……サンキュー、美冬」
ビルを出た美冬の後ろ姿が
見えなくなるまで見送って
から、瑞樹は小さくつぶやいた。
(お前が来てくれたおかげ
で――なんかオレも、発破
かけられたよ)
_
「あいつが前に進むなら――
オレも、ここで止まってる
わけにはいかないよな――…」
それは静かなささやき
だったけれど、その中には
揺るぎない決意がこもっている。
瑞樹は両手にギュッと力を
込めると、まっすぐに前を
見据え、再び歩き出した――…。
☆☆☆☆☆
_
☆☆☆☆☆
バレンタインが終わって
数日経つと、ホワイトデー
企画に思ってもない
ハプニングが起きた。
というのも予想以上に
評判がよすぎて、まだ3月
にもなってないのに、
ほとんどの商品が予約終了
状態になっちゃったのだ。
で、これは間違いなく
売上が伸ばせると踏んだ
上層部は、土壇場での
追加発注を命じてきて――。
_
数量限定でしか製造の
予定してなかったから、
あたしと瑞樹クンは急な
プラン変更に大慌て。
新たな予算繰りや関係先
への手配なんかで、また
毎日残業の日々が訪れちゃう。
その日もあたしは定時を
過ぎても関係先を回ってた。
瑞樹クンは別行動。
もう独り立ちしてなんでも
こなせるようになってる
から、彼には社内各部との
調整をお願いしてた。
_
(瑞樹クンが優秀で
ホントによかった……)
訪問を終えて時間を確認
すると、もうまもなく
7時になろうとしてる。
「どうしよう……今日は
直帰しようかなぁ〜」
声に出しつつ考えたけど、
でもやっぱり会社に戻る
ことにした。
今から戻れば着くのは
8時前くらい。
超残業だしもう誰もいない
だろうけど、今日あがった
報告を確認しときたい。
_
「はぁっ……がんばりますかぁ」
自分を励ますようにそう
言って、地下鉄を乗り継ぎ
会社に戻り……。
無造作にオフィスのドアを
開けて、あたしは思わず
ビクッとした。
「――瑞樹クン!?
まだいたの!?」
そう。
てっきりもう誰もいないと
思ってた室内に、ポツンと
一人、瑞樹クンがいたから。
「おかえりー、莉央さん」
ヒラヒラと手を振り、
笑顔で出迎えてくれるけど――。
_
「お帰りって……。
どうしたの?
何かトラブった?」
社内残務だけでここまで
遅くなることはないはず。
そう思ってちょっとドキ
ドキしながら聞いたんだけど、
「トラブル?
ううん、そんなの何もないよ」
「そうなの?
それじゃあどうして?」
「どうしてって――。
そんなの、莉央さんを
待ってたにきまってるでしょ」
「え…………?」
_
唐突なセリフに心臓が
ドクンと高鳴る。
「待ってたって……
だから、どうして……」
「ウン。
莉央さんと二人きりに
なる、いいチャンスかな
って思ったから」
「――――/////!!」
瞬間的に、顔に火がついた
みたいに熱くなる。
ヤだ、どうしよう……。
あたしきっと、もう顔が
真っ赤だ。
(仕事が忙しくなった
おかげで、なんとか忘れて
いられたのに――)
_