「――はあ…」


伊東が去り、山南は柱にもたれ額をおさえる。

自分が揺さぶられたのは分かった。

伊東は"あのこと"を多少なりと知っているのか、それを知ってどうしたいのか。


雪が溶け屋根から滴がポタリと落ちると、それを視界に捉えた山南をフラッシュバックがとどめをさした。



滝のように止まることない強い雨が降る庭が脳にぼんやりと浮かんで、次に黒装束の男達の姿が映る。


記憶にある光景は、昔自身が体験したことなのに、可笑しいぞ。 何故、客観的に見ているのだろうか。


――はあ、はあ、はあ、


雷が鳴り、砂利が裾に跳ね返り、荒い息遣いが耳に痛い。


――はあ、はあ、はあ、


ああ、もう止めてくれ。


一人の少女が闇に浮かび、雷の灯りに照らされた身体は血に濡れていた。

それを取り囲む男達も、だ。


仲間を殺した事実が、山南を苦しめた。

納得したはずだろう。 芹沢をやらなければ、新しい道が開けないとわかったからだろう。


――いや、いや、いや、

違う。 あれは、松平公の直々の命だった。


『どのみち邪魔なんだ。 いずれはこうなっていたさ』


誰が言った。 何を言った。


ジャマモノハ、ケサレル。


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