江戸の町に夏が訪れた。

木々を彩る色は緑になり、京よりは少しばかり爽やかだが暑い風が洗濯物を靡かせている。



永倉は日課の素振りをしたあと滴る汗を手拭いで拭きながら、縁側に座りボーッとしている矢央に視線を流した。


どういうわけか最近矢央の様子がおかしくて、朝早く起きて朝餉の支度から掃除洗濯をこなしたあと、夕方までこうして考えこむ姿ばかり見るようになった。


そしてそんな日々が続いていたある日、佐藤家にある人物がある物を持って訪ねてきた。



「市村君!!」

「鉄か!!」 



全身黒ずくめの姿で心底疲れきった市村が、土方の元を去って二ヶ月かけて日野へと戻ってきたのだ。


矢央と永倉の姿を見て市村は安心したように意識を手放した。

蝦夷地から日野まで殆ど飲まず食わず、一刻も早く土方の遺品を届けようと敵の目をかいくぐって此処まできた市村を、永倉が客間へと運び布団へと寝かせる。


そして市村は目を覚ましてすぐに彦五郎とのぶの下へ行き土方から預かった物を渡した。

それを見て涙を浮かべるのぶの肩を彦五郎が抱き「立派だったぞ」と唇を噛み締めている彦五郎ーーーーそんな二人の様子を部屋の隅で見ていた矢央は二人から視線を外して外を見つめた。



ーーーやっぱりあれは土方さんだったんだね。



あの日、死んだあと土方は風に乗って矢央に会いにきてくれた。

そんな気はしていたが、ほんの少し期待する自分もいたのも事実で、でも土方の遺品を見せられたのと、江戸にまで旧幕府軍が新政府軍に負けた話も流れてきていたので確定するしかない。



「矢央ちゃんこれ…」



矢央の前に座ったのぶの手には矢央宛の文があり、のぶはそれを矢央に手渡した。


「…これ土方さんが?」

「あなた宛なの。だからこれは矢央ちゃんが持っててあげて」



矢央の居場所にもなっている庭の見える縁側で一人になって土方からの文を広げた矢央は、まずその達筆さに「読みにくいよ」と愚痴る。


絶対嫌がらせだ。

くすっと笑って、ゆっくりと目を凝らし一文字ずつ読み進めていく。



ーーーー矢央、これを読むころには俺はきっとこの世にはいない。

お前には面倒もかけられたが、その分沢山面倒をかけたとも思う。

だから俺がお前に言いたいことは、たった一つだ。


矢央、もう自由に生きてくれ。







短い文だったが、とても土方らしいと思った。

そして文を読み終えた矢央は肩にのしかかっていた重荷がスーッとなくなっていった。



「自由にか……」