『矢央』



矢央は庭を掃いていたが、ふと名前を呼ばれたような気がして手を止めると空を見上げた。



「…土方さん?」



あの声は確かに土方だ。



その時、ふわりと風が矢央の髪を巻き上げる。


懐かしい匂いがした。


声も匂いも気のせいかもしれないが、それでも矢央はすべてを悟った。


空を見上げる矢央の両目から涙が流れて顎を伝い着物を濡らす。




「矢央どうした?なんで泣いてるんだ?」


縁側に座り本を読んでいた永倉は矢央の動きが止まったことに気付き顔を上げると、空を見上げ身体を震わせ涙を流す矢央を見て慌てて庭に降りると駆け寄って抱き締めた。


「…っ…ふっ…ひじ…かたさんが…」


逝ってしまった。


とうとうやってきてしまったこの日。


いつか来ると覚悟はしていても、泣かずにはいられなくて永倉の着物をギュッと掴み必死に伝えようとする。



「土方さん…今っ会いにきてくれたよ…。新八さん…土方さんがっ…ああっ」

「矢央…」


矢央の頭を包み込んで空を見上げた永倉の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。



「土方さん、あとはゆっくりしてくれ」

「…ううっ」





暫く泣き続け落ち着きを取り戻した矢央は永倉の肩に頭を預けてボーッと考えていた。


これで新選組の歩んだ道を見届けることができたんだと思うと同時に、自分の役名も終わったのだと。



「土方さん、皆に会えたかな?」

「飲めねえ酒でも飲んで昔話でもしてんじゃねぇか」

「うん。そうだといいな…」





ーーーねえ、土方さん。

土方さんのおかげで、きっと今の私は此処で生きているんだと思います。

絶対に関わることがないはずだった土方さんと、沢山喧嘩したりもして私の引き出しの中にしまいきれない程の思い出があるよ。


お父さんみたいだったり、お母さんみたいだったりお兄さんみたいだったり……私にとってどんな位置に土方さんを置けばいいのか分からないけど、でもどんな土方さんでも大好きなことにはかわりありません。


ありがとう。


右も左も分からない私に、この時代での生き方を厳しく教えてくれてありがとう。

離れてもずっと気にかけてくれて、彦五郎さんやのぶさんに私のことを頼んでくれてありがとう。


何回言っても足りません。


土方さん、本当に………………







「ありがとうございました」







それは隣にいる永倉にも聞こえないほど小さな声だったのに、その瞬間もう一度矢央の頬を優しい風が撫でた。


そしてーーーーーー






『礼を言うのは俺だ。矢央、ありがとよ』










矢央はふふっと笑い瞼を閉じた。