近藤の声が聞こえた気がして嬉しさと懐かしさに、土方の片目から涙が頬を伝った。


そして暗闇の中にぼんやりと浮かんできたのは、唯一心残りな女の顔だ。



でも不思議と彼女は笑顔だった。


どんな場面の彼女も常に笑っていて、まるで死に逝く自分に案ずるなと語りかけているようだった。



色々な出来事があって闇を背負ってきた土方なのに、結局最期に思ったのは“楽しかった”という一言につきた。



消え行く意識をなんとか奮い立たせ瞼を持ち上げた土方の視界いっぱいに浅葱色の空がひろがっていた。


怒声も銃声も何も聞こえない。


漸く終わる。

漸く逝ける。



そして願ったーーーーー
土方が唯一愛した間島矢央の未来に幸あれと。










「……じゃあ、な…じゃじゃ馬…娘…」















土方がその命を散らした七日後の五月十八日、榎本らは新政府軍に降伏し、函館戦争は終結した。


過酷な戦場を戦い抜いた土方の死をもって新選組の歴史は幕を閉じたのである。 


鬼と恐れられた土方だったが、本当の彼を知る者は不器用なだけだと口を揃えて言った。


本当は誰よりも繊細で優しくて思いやりのある男で、故郷に恋文を送ったりお世辞にも上手いといえない俳句を趣味にしていたり、それをからかわれて顔を真っ赤にして怒ったり。


表に立って目立とうとはせず常に裏から動いていたが、その美しい見た目のために嫌でも目立ち、それを自慢したりするような洒落た男でもあった。


そんな彼だったからこそ、新選組は新選組でいられて未来に名を残すことができたのではないだろうかーーーーーー



彼は一番恐れられた存在だが、一番愛される男でもあった。




明治二年五月十一日。
新選組副長、土方歳三、一本木関門にて腹部を銃弾にやられ没。

享年三十五歳である。