時は少し遡り、明治元年十月頃になる。

江戸を旅立ったあとの土方は榎本武揚と合流し、桑名藩主の松平定敬などと共に蝦夷地を目指した。


十月二十一日に函館・鷲ノ木に上陸した旧幕府軍は函館の五稜郭を占領しようと行動した。


そして十月二十六日に五稜郭へ入城した土方達は、さらに十一月五日土方が総督となり新政府側に与する松前藩の拠点・松前城を攻め、僅か数時間ほどで占領に成功したのである。



十二月、榎本が総裁となり土方は陸軍奉行並に就任し新選組もこの政権下に与することになった。


年が明けて明治二年四月、新政府軍は函館を陥落させるために蝦夷地に上陸し、年明け前に海での戦いで新政府軍は旧幕府軍に勝っていたため残すは陸地での決戦あるのみとなった。



そしてその頃土方は、小姓の市村を呼び寄せていた。



「副長お呼びでしょうか」

「もう副長じゃねぇよ。まあ、そのままでもいいがな。市村、お前に頼みたいことがある」


京にいた頃と比べるとすっかり成長した市村。

僅か一年程で身長も伸び、土方について戦を生き抜いてきたので精神的にも成長していた。


「それで改まってどうしたんです?」


少年らしさのない落ち着いた雰囲気に苦笑いすると、机の引き出しを開けて一つの箱を取り出し市村の前に出す。



「これを日野の佐藤彦五郎宅へ届けてほしい」



そう言われた市村はゆっくりと顔を上げて土方を見つめる。

その瞳は大きく見開かれていた。



「それは、俺に此処を出て行けということですか?」

「そうなるな」



ーーーガタンッ!!


大きな音を立て土方に寄った市村は悔しさに叫んだ。



「嫌です!俺は最期まで副長と共にすると誓いました!!最期まで一緒にっ…」

「市村!…俺は次が最期の戦だと思ってる。これは辞世の句と写真だ、大切な物だ。必ず届けてほしいからこそ、信用できる市村にこれを託したいんだ」

「…っ!!」

「頼む。日野へ届けてくれるな」


グッと唇を噛んだ市村は、ここにきてやっと年相応の表情で愚痴た。


「ずるい、よ…。副長、この市村が命にかえても必ずお届けいたします」


ごしごしと袖で目元をこすり顔を上げた市村は、土方の笑みがあまりにも綺麗で暫くぼんやりと見つめてしまった。



市村が去ったあと、土方は部屋の灯りもつけず一人飲めない酒を飲んでいた。


視界の中には見事に咲く桜が月明かりの下でヒラヒラと数枚花弁を散らしている。



きっとこれが最期だ。

此処までよく生き延びたと思う。

自分にはもう思い残すことはないが、小姓である市村はまだ若く、彼にはこの先の未来を生き抜いてほしいと思った。

そして彼らならば必ず届けてくれるだろうと。



「矢央、お前もこの空の下で桜を見ているか?」



市村が日野につく頃、矢央はもしかしたらもういないかもしれない。

あの男が迎えに来ていればの話だがと自嘲気味に笑い酒を煽るが、でもなんとなくだがいてくれるような気もしていた。


何故か矢央は自分を待ってるいのではないかと。



「惚れた男じゃねぇんだから待ってるはずはないか…」