人々はなぜ、このような貧弱な土地に住むことを選んだのだろうか。
乾いた土地は鍬を拒み、それでもその土地を掘り起こして植えた作物は、僅かな実りさえだししぶる。
ここはそんな村なのだ。
何とも無慈悲であまりにも美しい自然だろう。

 それでも李漢はささやかな実りに感謝し、平和に生きてゆく村の生活を愛していた。

(俺は、やはり刀より鍬を持って働く方がいい)

だが、昔の勘は彼に血の匂いを感じさせていた。
国境の死海から風に混じって微かに血の匂いがする。

村人の誰が人食いに襲われたのかもしれない。

 李漢は刀を手に、村の外の様子を見るため、馬を走らせた。


 砂地に出た李漢は息をのんだ。
目の前には血の海が広がり、その縁で、馬が一頭、たたずんでいた。
その血溜まりには分断された手足や頭がごろごろと転がっている。
多くの遺体が人食い特有の黒いマントを着ているため、誰が、人食い達を殺したのは明白だった。
その数およそ十七。

(―…いったい、誰が)

余りの死臭に思わず顔をしかめた李漢は、血の池の中に唯一、体の分断されていない、一際小さな遺体を見つけた。

まだ子供なのだろう。
李漢は放っておく気にもなれず、その遺体に近づいた。

身体のあちこちに傷があり、血で汚れてはいるが、顔は比較的きれいな死体だった。

(なんともまぁ…縁起の悪いものを見つけちまった)

しばらくその幼い少女の死体を見つめていた李漢は、その口元で、僅かに血の池の水面に波がたつのをみとめた。

(生きている!!)

李漢は少女の身体の下に手を入れ、その驚くほど軽い身体を持ち上げた。
(このままだと後三日もつかどうか…)

 少女の手から短刀が滑り落ちた。
そのまま地に刺さった短刀に、李漢は恐れを覚えた。

見覚えのあるその短刀は、かつての自分の武術の師の物に違いなかった。

(何故こんなガキがこの短刀を…)

気配を感じ、振り返ると馬がすぐ後ろに立っていた。

「お前のご主人様か?」

馬は答えずに黙って着いてきた。
李漢は短刀を引き抜くと、少女を馬の背に乗せ、自分もヒラリと飛び乗った。

「村に運ぶ、手伝ってくれ」

馬は抵抗もせずに走り出した。