村は遥か昔に氷河が抉った旧い谷の底にあったので、まさか地下があるとは思っていなかった椿は、シュナに導かれた狭い入口の奥に広がる巨大な空間に驚いた。
松明の明かりでは、奥まで見えない。

(…昔の誰かが、固い土を掘ったのだ)

ひんやりとした空気の流れる地下の大広間に、椿はただただ感心するばかりであった。

「ツバキこっちだ、足元気をつけて」

シュナに手を引かれ、巨大な空間のさらに奥にある地下道を進むと、ふうっと水の匂いが漂ってきた。

「…水の匂いがするな」
「奥に池があるんだ。もうすぐだよ」

シュナの言うとおり、間もなく池が見え始めた。
それはかなり大きな池だった。
瑠璃のように青く、どこまでも深く澄んだ水を湛えている。

「…綺麗だ」

椿が呟くと、岩肌を伝ってその声は反響する。
シュナは嬉しそうに頷いた。

「だろ?でもここの水は飲んじゃいけないんだよ」
「どうして」
「死んだ人が眠るんだ。俺も死んだらここに来るんだ」
「…そうか」

椿はとたん鳥肌が立つような寒気に襲われた。
シュナは何も感じてはいないようであったが、椿は直感的にここに来てはいけないのだと悟った。
ここは生きているものが足を踏み入れてはいけない、空間だった。
松明の光が、波の立たない湖面をゆらゆらと揺れるのを、椿は気味悪く思った。

「帰ろうシュナ、ここ寒い」

帰り道、隣で楽しげに話しかけてくるシュナに生返事をしながら、椿にはその声はほとんど聞こえていなかった。