「早く手当てしよう。俺、薬持って来るから」

椿は眉一つ動かさず、自分の腕を見下ろした。

「このくらい平気だからいい。もう止血した」

先月覚えたばかりのアショ語で答えた椿を、シュナは首をふって、叱りつけた。

「ばか言え。ツバキは女なんだ。傷なんてあったら嫁にいけない」

椿は、静かな口調で答えた。

「嫁にいくつもりなんてないし、それにもう、傷だらけの汚い身体だから、いいんだ」

シュナは驚いたように椿を見ていたが、掴んだ腕は、離さなかった。
不意に、その大きな茶色の瞳に涙が湧き上がってくるのを見て、椿は焦った。

「でも痛いだろ……こんなに血が出てるんだから、すっごく痛かっただろう?」

自分が怪我をしているわけでもないのに、シュナはぼろぼろ泣きながらつけ加えた。

「そういうの、我慢しなくていいんだ」

椿は何も言えず、シュナを見つめていた。

訳がわからなかった。
常に身の危険に晒される暮らしも、誰も守ってはくれない厳しさも、それが当たり前だと思っていた。
隙を見せれば、殺されうるのだと思っていた。
椿はどうすればいいのかわからなかった。
自分の傷から滲み出る血よりも、目の前で泣いている少年の涙を止めたかった。

「すまない。わたし、どうすればいい?」

椿が戸惑いつつ声をかければ、シュナは椿の手を引いて、李漢の部屋へ乗り込んだ。
早朝に、シュナの大声でたたき起こされ、不機嫌な顔をしていた李漢は、椿の腕を見るととたんに真っ青になり、慌てて治療を始めた。